中国,清末から民国時代初の啓蒙思想家,翻訳家。字は又陵(ゆうりよう),号は幾道,晩年は瘉壄(ゆや)老人と号した。福建省侯官(閩侯(びんこう))県の人。1871年(同治10),福州船政学堂で航海術を学んで卒業,77年(光緒3),イギリスに留学,ポーツマス大学,グリニッジ海軍大学で海軍に必要な科学技術知識を習得した。しかし,このときから近代的軍事技術を支えている西欧の政治経済や哲学に強い関心を寄せていた。帰国後,80年,北洋水師学堂総教習,90年,同総弁(校長)になったが,科挙出身でないために,自分の意見が政界で軽んじられるのを不満として,郷試を4回も受験した。95年,日清戦争で中国が敗北して後,彼は政治論文〈世変の亟(すみ)やかなるを論ず〉〈原強〉〈救亡決論〉〈闢韓(へきかん)〉の4編を発表,中国富強の根本は,民力を鼓舞し,民智を開き,民徳を新たにすることにあり,その障害となっている科挙制度や専制政体の廃止を説き,ひいては,思想的基盤である朱子学,陽明学の非実用性を鋭く批判し,西洋の学問や議院制の必要を主張した。
98年,ハクスリー《進化と倫理》(1894)の漢訳を《天演論》と題して出版した。生存競争,優勝劣敗による進化という社会進化的観念は,当時の知識人に中国は亡国の危機にさらされているという意識を呼びおこし,桐城派古文の典雅な文章とあいまって,《天演論》は青年たちに暗誦されるほど歓迎され,彼の名を不朽のものにした。それ以後彼は,アダム・スミス《原富》(1902,《国富論》),ミル《群己権界論》(1903,《自由論》),ミル《穆勒(ぼくろく)名学》(1905,《論理学体系》),モンテスキュー《法意》(1904-09,《法の精神》)など多くの翻訳を出版し,西欧近代の学術的成果を紹介した。しかし,辛亥革命(1911)以後は,しだいに伝統思想へ接近してゆき,袁世凱の帝制運動を助けるなど,かつての名声も地に落ち,1921年,五・四新文化運動のさなか,病没した。
執筆者:坂出 祥伸
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中国、清(しん)末の啓蒙(けいもう)思想家。字(あざな)は又陵(ゆうりょう)(幼陵)、幾道(きどう)、号は観我生室主人、瘉(ゆや)老人など。福建(ふっけん/フーチエン)省侯官(閩侯(びんこう))の人。福州船政局海軍学堂を経てイギリスに留学するが、軍事の学習よりも西欧の思想や社会制度に関心をもち、帰国後は変法運動の高まりのなかで、1895年現状の批判と変革を求めた「原強」「辟韓(へきかん)」など4篇(へん)の政治論文を発表し、1898年には『天演論』(T・H・ハクスリー著『進化と倫理』による)を出版した。以後、スミス『国富論』、ミル『自由論』、モンテスキュー『法の精神』などを翻訳し、西欧近代思想の紹介に努めた。なかでも『天演論』による進化論の紹介は、清末中国の変革志向者たちに弱者劣者としての現状認識とそこからの脱出の道を模索する手掛りを与えたことで、その影響はきわめて大きい。しかし戊戌(ぼじゅつ)政変後はしだいに復古的色彩を強めていき、辛亥(しんがい)革命後の1916年には袁世凱(えんせいがい)の帝制運動に加担するまでに至った。
[有田和夫 2016年3月18日]
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1854~1921
清末の思想家。福建省閩侯(びんこう)県の人。福州の海軍学校を卒業し,イギリスに留学。北洋水師学堂総弁,京師大学堂編訳局総弁などを歴任。スペンサー,スミス,ミル,モンテスキューなどの著作を翻訳し,ヨーロッパ近代思想の紹介に努めた。
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…中国の近代,袁世凱の帝政運動に奉仕する目的で,国体研究を名目に,1915年8月から10月にかけて組織された団体。発起者の楊度(1874‐1931),孫毓筠(そんいくいん),厳復,李燮和(りしようわ),胡瑛,劉師培を六君子と呼ぶこともある。中心人物の楊度は,留日学生出身の政客で,清末以来袁世凱の幕下にあった。…
…イギリスの科学者T.H.ハクスリーの《進化と倫理Evolution and Ethics》(1894)を,清末の思想家厳復が文言の中国語に訳したもの。1896年(光緒22)に稿本が完成し,翌年日刊新聞《国聞報》に載り,98年単行出版された。…
…清末には文壇・政界の実力者曾国藩が出て,いっそう折衷学の傾向を強め,経書の文章も文学とみなし,政治・経済の2類を加え《経史百家雑鈔》を編集した。李鴻章もその弟子であり,厳復,林紓も欧米の思想・文学の紹介を桐城派古文の作者として行っている。【佐藤 一郎】。…
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