改訂新版 世界大百科事典 「反転分布」の意味・わかりやすい解説
反転分布 (はんてんぶんぷ)
population inversion
絶対温度Tで熱平衡にある分子(原子,分子,固体中のイオンなどを代表して呼ぶ)の集団において,内部エネルギーがWiである分子の数の統計的な平均値Niは,ボルツマンの分布則により,
であたえられる。ここでN0は全分子数,またで,kはボルツマン定数である。NはWに関して単調減少関数であるので,W2>W1ならば,必ずN2<N1である。何らかの形で,外部より分子系にエネルギーが供給されている場合はいくつかの分子準位に関して,高いエネルギー準位にある分子数が低いエネルギー準位にある分子数より多い状態が,定常的に,または過渡的に実現される場合がある。これを反転分布という。N2>N1の状態は形式的には,(1)における温度Tが負の値をとったこと(N2/N1=exp[-(W2-W1)/(-T′)]>1)に相当するので負温度状態とも呼ばれる。しかし分子のすべての準位にわたる分布が,一つの温度で記述できるわけではないので,この表現はあまり適当とはいえない。
電磁波の吸収または放出の強さは遷移の始状態と終状態にある分子数の差に比例するので,誘導過程の確率は熱平衡状態では,
Bρ(N2-N1)<0 ……(2)
となり(BはアインシュタインのB係数と呼ばれる定数,ρは放射密度),正味で電磁波は吸収される。反転分布が実現している媒質を電磁波が通過するときは(2)の関係が逆転し,物質系のもつ内部エネルギーが電磁波に転化されて電磁波は強められる。これがメーザーまたはレーザーの原理であり,コヒーレントな電磁波の増幅や発振に利用されている。
反転分布状態をつくりだす方法として,気体媒質については放電や電子衝撃,液体や固体媒質については光励起,半導体に対しては電流注入などが主として用いられる。特定のエネルギー準位に選択的に分子を励起する場合や,高い励起状態にくみあげられた分子が下のエネルギー準位に向かって緩和する際,その速さの違いで,途上のいくつかの準位の間で反転分布が実現される場合などがある。
→レーザー
執筆者:清水 忠雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報