翻訳|succession
ある一定の場所で,生物群集の構成が一つの方向に向かって移り変わっていく現象。遷移の最終段階は極相climaxで,極相に到達すると遷移は停止し,生物群集は安定する。普通は植生の変化を意味するが,動物群集や生態系の変化を含めることもある。耕作を放棄した田畑が草原を経て森林に移り変わるというような長くても数千年の変化を意味し,気候変動や植物の進化に伴う地史的年代での植生の変化である地質学的遷移geological successionと区別するために,生態(学的)遷移ecological successionともいう。
ヨーロッパにおける高層湿原の発達過程の研究によって,すでに19世紀初頭には,湖の浅化につれて植物群落が交代していくことが明らかにされ,遷移という概念が作られていた。アメリカでの遷移の研究は,19世紀末から20世紀にかけて進んだ。コールズH.C.Cowlesやその弟子のクーパーW.S.Cooperといった人々が,岩上・砂丘・湿原というように遷移のはじまる条件が異なれば遷移の過程や速度は異なることや,遷移が進めば同一の群落に収束し,極相とよぶ遷移の最終段階の群落が存在することを明らかにした。アメリカにおけるこの当時の遷移の研究を集大成したのはF.E.クレメンツであった。クレメンツは群落を一つの有機体とみなし,誕生・生長・成熟・死亡といった循環をたどるものと考えた。遷移のはじめの条件によって,一次遷移と二次遷移,湿性遷移と乾性遷移などを区別し,遷移過程に出現する群落の変化の一連の系列を遷移系列sereと呼んだ。極相は気候によって決まるという単極相説を唱え,極相に向かう方向とは逆の退行遷移に否定的な立場をとった。クレメンツのこの説は批判を生んだが,遷移と気候的極相という視点から単純化することによって,現実の複雑な植物群落を統一的に把握する体系がはじめて形づくられたのである。
火山の溶岩流のように,遷移開始時の基質に種子などの繁殖器官を含めて植物がない場合をいう一次遷移は,次のように進行する。暖温帯の鹿児島県桜島で,噴出年代が異なる溶岩上で調べられた乾性系列の例では,裸の岩石の表面にまず地衣類・蘚苔類が着生してくる。続いて,火山灰の集積した場所や岩石の割れ目に,タマシダ,イタドリなどの乾燥に強い多年生草本が侵入する。土壌ができ,適度に水分があれば,ヤシャブシ,ノリウツギなどの落葉低木やクロマツのような陽樹が侵入し,しだいに林を作るようになる。時間がたつと,その林床に育ってきたアラカシ,ネズミモチなどの常緑広葉樹が優占しはじめ,ついには極相のタブ林となり,ここまでには500年以上かかる。
湖沼や湿原が陸化し,極相林ができるまでの一次遷移は湿性系列といい,その過程は水質や陸化の原因により異なる。湖沼を出発点とする系列を模式的にみると,湖沼が深いと水草は存在しないが,浅くなるにつれてはじめにクロモ,マツモなどの沈水植物が出現し,それは,ジュンサイ,ヒツジグサなどの浮葉植物やヒシのような浮水植物が水面を覆うと姿を消す。土砂の流入や水位の低下でさらに浅くなると,イグサやミクリなどの抽水植物が生育するが,そのような沼沢湿原では,草丈が高いヨシが優占することが多い。完全に陸化し地下水位になると,ヤナギやハンノキなどの耐湿性のある陽樹が侵入し,土壌が乾燥し適湿化してくると極相林に移行する。沼沢湿原から泥炭化が進んで低層湿原に移行し,さらに貧栄養化して高層湿原へ発達する系列や,貧栄養な湖沼の開水域にスゲ類のマットが岸から張り出したり浮島状になり,その上にミズゴケ類が生長し,泥炭が集積して高層湿原に発達する系列もある。高層湿原は乾燥化してくると,湿地林を経て極相林に移行する。一次遷移の系列としては,そのほかに海岸・湖岸の砂丘からはじまる砂質遷移や,塩性地からはじまる塩性遷移などがある。
火入れ・伐採などによって植生が破壊された後に植生が回復していく過程では,遷移開始時にすでに種子などの繁殖器官を含めて生き残った植物体が存在する。この場合の遷移を二次遷移という。残存植物があるだけでなく,すでに土壌が発達しているなど環境条件も異なるので,二次遷移の系列や進行速度は一次遷移とは異なる。日本の二次遷移の先駆植物pioneerには,多くの場合,放棄畑のブタクサ,メヒシバ,森林伐採跡のダンドボロギク,ベニバナボロギクのように,一次遷移系列ではみられない帰化植物を含む一年生草本が出現する。
環境の変化を伴って遷移は進行する。植物が茂って群落内が暗くなるとか,地下に生えた植物の根や地面に落ちた植物遺体が土壌の生成を促進するとかの植生が環境を変える作用を反作用(環境形成作用)reactionという。一方,水位が低下して湖沼や湿原の陸化が進むとか,母岩の種類によって土壌の発達が異なるとかの環境が植生に与える影響を作用(環境作用)actionという。環境形成作用が動因となって進行する遷移を自動遷移autogenic successionといい,環境作用によって進行する遷移を他動遷移allogenic successionという。一般には両者が連鎖し,相互作用的に遷移は進む。
湿性系列にあらわれる高層湿原は水位と水質が変化しない限り長期に安定するとか,森林伐採跡の二次遷移でササ群落ができると樹木の侵入を許さずそのまま長続きするというように,遷移は常時進行するとは限らない。この現象については,遷移が途中相で一時的に停滞しているともみれるし,遷移が途中相で安定し,気候的極相とは異なる一つの極相状態に入ったともみなせる。この違いが単極相説と多極相説の両説を生む一因となっている。放牧によりススキ草原がシバ草原に移り変わるというような現象は,自然状態下での遷移とは逆方向の進行であり,退行遷移retrogressive successionという。退行遷移は外力が加わって進行し,外力が働かなくなると直ちに通常の遷移過程にもどる。
執筆者:藤田 昇
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植物群落が時間とともに一定の方向性をもって変化していくこと。サクセッションsuccession、生態遷移などともいう。既存の植生が破壊され、裸地ができると新しい植物群の侵入が始まる。この段階を始相または先駆相とよぶ。ついで途中相のいくつかの段階を経て、最終的にはそれ以上には種類組成や群落構造が大きく変化しない極相に至る。この一連の群落発達の過程を「遷移系列」という。遷移系列には、火山、埋立地などの新生地で、かつて植物がまったく生育したことがない土地に始まる一次遷移と、既存の植生のみが破壊されて、土壌やその中にみられる埋土(まいど)種子、植物の根株などが残っている土地で始まる二次遷移とが区別される。この一次遷移と二次遷移のそれぞれについては、さらに、遷移が始まる土地が、岩上や砂地など陸上でみられる乾生遷移系列と、湖沼など水界から始まる湿生遷移系列とが区別される。また、自然にみられる遷移の方向(正常遷移系列)に対して、人為の影響などで遷移の方向が変化し、正常系列では出現しない特殊な群落(たとえば、火入れをしたときに出現するカシワ林、家畜などの踏みつけによる裸地にできるシバ草原)ができることがある。これを偏向遷移系列という。
遷移の結果到達する極相には、さまざまな説が提唱されている。クレメンツは、その地域の大気候に対応した群落のみを極相(気候的極相)とする単極相説を主張している。この立場にたつと、初期条件は岩上、砂上のように乾生であったり、水体のように湿生であっても、究極的には中生立地に成立する単一の極相に収斂(しゅうれん)していくということになる。一方、タンスリーA. G. Tansley(1871―1955)は、生物的、土壌的、地形的に規定される極相もありうるという多極相説を主張している。また、ホイッタカーR. H. Whittaker(1920―1980)は、地域の環境傾度に応じて群落が示すパターンが極相であるとする極相パターン説を唱えている。それぞれに一理はあるが、遷移の過程を群落の発達モデルととらえると、クレメンツの気候に応じた単極相説が妥当である。
遷移に伴って植物群落の諸属性は変化するが、とりわけ群落内の環境(光、湿度、風など)が大きく変化すると、それが遷移の動因ともなっていく。このように植物群落が環境を変えていく働きを環境形成作用という。これは遷移に伴って生態系そのものが変化していくことでもある。生態系の属性の変化としては、(1)生態系の総有機物量や窒素量が増大する、(2)種多様性が増大する、(3)群落の階層分化が進む、(4)食物連鎖は直線的から網目状になる、(5)栄養塩の循環が開放的から閉鎖的になる、(6)純生産が低くなる、(7)総生産量と総呼吸量の比が一に近づく、(8)現存量当りの総生産量が低くなる、といった特徴がある。これらの属性から生態系をみると、全体としてはエントロピー(物体の状態量の一つ)が低くなり、体制化が進む方向へと変化していることを示している。
遷移の過程は植生帯によっても異なる。中部日本の常緑広葉樹林域における一次遷移の例では、まず溶岩流上や火山灰の裸地にイタドリやススキなど多年生草本が侵入し、ついでオオバヤシャブシ、ハコネウツギなどの先駆低木林となる。やがて、下層にヒサカキ、シロダモなどの常緑樹が侵入し、アカメガシワ、カラスザンショウ、オオシマザクラなどが混交した林となり、最終的にスダジイの優占した極相林となる。こうした遷移に伴って動物相も変化していく。初期の動物相はアリ、アリマキ、テントウムシ、クモ、ゾウムシなどであるが、やがてワラジムシ、ダンゴムシ、トビムシなど植物遺体を食べる虫がみられるようになり、さらに進むと陸生甲殻類、ミミズなども認められるようになる。しかし、同じ中部日本の地域でも放棄畑から始まる二次遷移になると、最初はブタクサ、エノコログサ、メヒシバといった一年生植物の先駆相が形成され、ついでヒメジョオン、オオアレチノギク、マツヨイグサ類などの二年生草本となる。やがてススキ、ハギ、ガマズミなどの低木を交えた多年生草本群落となり、コナラ、イヌシデなどの途中相の落葉樹林を経て、極相のスダジイ林になる。
[大澤雅彦]
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素粒子・原子核・原子・分子・結晶など,すべての量子力学的体系について,ある一つの定常状態から別の定常状態へ移る量子力学的過程.ほかの体系との相互作用に伴う摂動によって誘起され,単位時間に遷移の起こる確率を遷移確率とよんでいる.光子の吸収・放出を伴う遷移(放射遷移)と,光子以外の音子や分子振動のエネルギー変化や熱的変化を伴う遷移(無放射遷移)とに大別される.前者では振動数条件が満たされる.[別用語参照]許容遷移
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
(垂水雄二 科学ジャーナリスト / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…このようなことが起こると,下流では境界層の近似の基になった仮定が成り立たなくなり,一般に流れは不安定となり,複雑に時間的な変動をする乱流に移行することもあって主流は大幅な変更を受ける。整然とした流れ(層流)の乱流への移行は遷移と呼ばれ,レーノルズ数の高い境界層の宿命である。遷移は剝離以外にも主流の乱れ,境界の突起や粗さ,圧力上昇など多くの要因が引金となって引き起こされ,その過程もきわめて複雑である。…
…ネブラスカ大学,ミネソタ大学で教授をつとめてのち,カーネギー研究所員となる。業績は生物学の広い分野にわたるが,とくに植物群落の遷移について,群落と環境の間での相互作用および光や水をめぐる個体間の競争を動因として遷移の機構を説明し,遷移の研究を体系化したことで名高い。単極相説を主唱。…
…それまでは個々の種またはその代表としての個体しか見ていなかったといえるからである。植物群落については,その後まもなく,群落の自律的な時間的変化が注目され,この現象は遷移と呼ばれて新しい研究対象となった。そして群落を個体に対比して,群落の構造,群落の機能,群落の分類が研究されるべきであるとされ,群集生態学が提唱された。…
…富栄養湖は,堆積が進むことによりさらに浅くなり,水草が湖心まで繁茂する沼,沼沢を経て,全面に抽水植物が繁茂する湿原となる。貧栄養湖から湿原に至る上述のような湖の変遷を湖の遷移という。生物が年をとっていく経過になぞらえて〈エージングaging〉ということもある。…
※「遷移」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
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