イオン(読み)いおん(英語表記)Iōn

日本大百科全書(ニッポニカ) 「イオン」の意味・わかりやすい解説

イオン(原子)
いおん
ion

原子あるいは原子団において、それを構成する全原子核のもつ正電荷数と、全電子(電子の記号はe-)のもつ負電荷数とが同じでないものをイオンという。

[岩本振武]

イオンの発見

電解質、たとえば塩化ナトリウムNaClの水溶液に直流電流を通じると、低電位極(負極、陰極cathode)へ向かってナトリウムの原子が移動し、高電位極(正極、陽極anode)に向かって塩素の原子が移動する。この現象をイギリスのファラデーは、ナトリウムの原子が正の電荷をもち、塩素の原子が負の電荷をもっているためと説明し、これらの電荷をもつ原子を「移動する」という意味のギリシア語ionaiからイオンionと命名した。その後、電子の存在や原子の電子構造などの研究が進み、イオンとは中性原子あるいは原子団における整数個の電子の得失によって生ずるものであることが明らかにされた。

[岩本振武]

陽イオンと陰イオン

正電荷数が過剰のもの、すなわち中性の原子または原子団から電子が失われたものを陽イオンカチオンcation)といい、負電荷数が過剰のもの、すなわち中性の原子または原子団に電子が加わったものを陰イオン(アニオンanion)という。陽イオンは正イオン、陰イオンは負イオンとよぶこともある。

[岩本振武]

両性イオン

中性の分子であっても、陽イオン部分と陰イオン部分を含む構造をもつものがあり、これを両性イオンという。アミノ酸はその分子中にアミノ基-NH2とカルボキシ基-COOHとをもつが、水溶液中や結晶中で両性イオンとなりやすいことが知られている。

  NH2-R-COOH→NH3+-R-COO-
[岩本振武]

イオン記号、イオン価

イオンは、そのもととなる原子あるいは原子団の化学記号の右肩に、得失した電子の個数を符号とともに示した記号であるイオン記号で表される。得失した電子の個数はイオン価であり、一般に正n価の陽イオンはMn+とし、負n価の陰イオンをXn-のように示す。n+のかわりに+nを、n-のかわりに-nを用いたり、+や-を価数だけ列記すること(Fe+++、SO4--)もあるが、現在では正式の表記法ではない。イオン1個のもつ電気量は電子1個のもつ電気量の絶対値(電気素量)のイオン価倍になる。

[岩本振武]

イオン化

原子、分子、あるいは原子団が1個以上の電子を失うか、得るかしてイオンになることをイオン化または電離という。陽イオン化に必要なエネルギーをイオン化エネルギー、陰イオン化に際して放出されるエネルギーを電子親和力という。

 γ(ガンマ)線、X線、紫外線などの高エネルギー電磁波や、電子を高電圧で加速した電子線を照射したり、高温度に加熱して熱エネルギーを供給すると、原子や分子がイオン化される。地球の高層大気には、太陽からの紫外線、X線および宇宙線によって生ずると考えられるイオン層(電離層)が数層あって、その電荷密度や層構造は昼夜間、日食などによる太陽の影響を大きく受けている。ガイガー‐ミュラー計数管や霧箱(きりばこ)は、放射線によるイオン化を利用した気体電離型の放射能測定装置である。

 化学反応によるイオン化は酸化還元反応であり、たとえば2種の単体が反応する際、一方が陽イオン化すれば他方は陰イオン化し、陽イオン化する物質から陰イオン化する物質へ電子が移動する。

[岩本振武]

溶液中のイオン

水その他の電離性溶媒に溶けて陰・陽両イオンを与える物質を電解質という。電離性溶媒の分子は一般に極性分子であり、それ自身電離平衡によって陽イオンと陰イオンに解離する。

 水やアンモニアのように電離の際に水素イオン(プロトン。重水素イオンも含めた厳密な表記では、ヒドロン)の移動を伴う溶媒はプロトン性溶媒であり、二酸化硫黄のようにプロトンを含まない溶媒は非プロトン性溶媒である。これらの溶媒の電離平衡定数は一般にきわめて小さく、水の場合でも25℃で
  [H3O+][OH-]=10-14mol2dm-6
程度である。

 電解質が水に溶けると、陽イオンの周りには電気的に負な酸素原子が配向して水分子が集まり、水和構造をつくる。陰イオンの周りには電気的に正の水素原子が配向して水分子が引き付けられる。陽イオンと陰イオンが静電引力で凝集したイオン結晶が水に溶けるのは、結晶を形成しているよりも、各イオンが水和構造をつくって分散するほうがエネルギー的に安定になるからである。もし水和したほうが不安定になるならば、その結晶は水に溶けにくくなる。

 電解質はかならずしもイオン結晶だけとは限らず、たとえば塩化水素HClは共有結合性分子であるが、水に溶けると電離して塩酸となる。

  HCl+H2O→H3O++Cl-
塩酸中にはHCl分子はほとんど存在せず、電離はほぼ100%進行する。このような物質は強電解質であり、電離度の小さい物質は弱電解質である。

 電解質が水に溶けたときに水分子と化学反応をおこすことがある。酸化物イオンO2-は固体中や融解塩中には存在するが、水に溶けると水酸化物イオンになる。

  O2-+H2O→2OH-
水素イオンH+も単独には存在せず、一般にH(H2O)n+として数個の水分子と水和した状態になっている。これをオキソニウムイオンといい、nは4以上と考えられているが、一般にはH3O+の記号で表している。

 陽イオンは、中性原子から電子が失われたものであるから、残っている電子はますます強く原子核に引き付けられ、イオン半径が小さくなって正の電荷密度も大きくなる。そのため、水分子の酸素原子は多価陽イオンに強く引き付けられ、水分子内の電子も酸素原子側に移動して、水素原子はより陽イオン的となる。その結果、水素原子は陽イオンとなって放出され、多価陽イオン全体の正電荷を見かけ上減少させようとする。これは加水分解の一種であり、Al3+、Fe3+、Ti4+、V5+などの陽イオンはとくに加水分解を受けやすい。チタン(Ⅳ)やバナジウム(Ⅴ)などの陽イオンは単独では水溶液中に存在できず、オキシドチタン(Ⅳ)イオン(チタニルイオン)TiO2+やジオキシドバナジウム(Ⅴ)イオン(バナジルイオン)VO2+などのオキソイオンとなる。クロム(Ⅵ)やマンガン(Ⅶ)などのように大きなイオン価をもつイオンになると、陽イオンとしてではなく、クロム酸イオンCrO42-や過マンガン酸イオンMnO4-などのような陰イオン、オキソ酸イオンになって存在している。

 水和水は溶媒の水と絶えず交換されているが、その交換速度は陽イオンの電荷密度が高くなるにつれて遅くなる。強く水和した陽イオンは、水分子を配位子とする錯イオンと考えられる。d軌道電子が9個以下の遷移元素のイオンが水溶液中で示す特有の色は、水を配位子とする錯イオンの色である。銅(Ⅱ)の硝酸塩や硫酸塩の水溶液は青色を呈するが、これはテトラアクア銅(Ⅱ)イオン[Cu(H2O)4]2+の色である。水よりも強い配位能力をもつ配位子を加えると、配位水和水との置換がおきて新しい錯イオンが生成する。たとえば、銅(Ⅱ)塩の水溶液にアンモニア水を加えると、テトラアンミン銅(Ⅱ)イオン[Cu(NH3)4]2+が生じて、溶液は青紫色となる。

[岩本振武]

多原子イオンの構造

アンモニア分子に水素イオンが付加するとアンモニウムイオンを生ずる。

  NH3+H+→NH4+
しかしその構造はメタンCH4と同じ正四面体型となり、4個の水素原子の中のどれがH+であるかの区別はできない。NH4原子団が全体として+1価の陽イオンになっているのである。同様に硫酸H2SO4(=SO2(OH)2)から生ずる硫酸イオンSO42-においても、その構造は正四面体型であり、4個の酸素原子は等価である。一方、アルキルアミンやカルボン酸のような有機電解質では、それぞれの官能基だけがイオン化していると考えたほうがよく、分子全体に均等な電荷分布があるわけではない。

[岩本振武]

『ロナルド・W・ガーネイ著、鈴木伸訳『イオン溶液論』(1966・産業図書)』



イオン(株)
いおん

イオングループを統轄する純粋持株会社。1758年(宝暦8)に三重県四日市(よっかいち)で開業した太物・小間物商篠原屋(1887年岡田屋と改称)が源流。1926年(大正15)に株式会社岡田屋呉服店となり、第二次世界大戦後の1959年(昭和34)に岡田屋に社名変更した。1969年に、いずれもチェーン展開していた岡田屋、フタギ、シロの3社が共同仕入機構としてジャスコを設立、また東北地方の有力チェーン6社の提携で、東北ジャスコグループを結成した。1970年には岡田屋がフタギ、オカダヤチェーン、カワムラ、共同仕入機構ジャスコを合併し、ジャスコに社名変更した。「ジャスコ」の名はJapan United Stores Companyを略したJUSCOからきている。その後も1970年代には地方のローカル・チェーンとの提携・合併を繰り返して、大規模なナショナル・チェーンを構築し、いわゆる「連邦経営」を展開していった。1980年代にはコンビニエンス・ストアのミニストップ、外食産業のレッドロブスター、自動車販売のオートラマライフなど、新業種や新業態に活発に進出した。アメリカの婦人服専門店チェーンのタルボット社の買収など海外進出も図り、グループ名も新たにイオングループとし、2001年(平成13)8月には社名・グループ名もともにイオンと変更した(ジャスコの名はしばらく店名として継続していたが、順次イオンに変更された)。2003年に、会社更生法の適用を受けていた大手スーパーのマイカルとその関係会社を傘下に加える。さらに2005年フランスの大手小売企業カルフールの日本法人、カルフール・ジャパンを完全子会社化し、社名をイオンマルシェに変更した。2007年10月、イオン銀行の営業を開始。流通業からの銀行業参入はセブン銀行に次いで2番目となる。2008年8月純粋持株会社へ移行し、小売事業等はイオンリテールに承継した。2013年8月には大手小売企業ダイエーをTOB(株式公開買付)により連結子会社化、2015年1月に株式交換により完全子会社化した。資本金2200億0700万円(2015)、売上高7兆0785億円(2015年2月。連結ベース)。

[中村青志]

『ジャスコ株式会社編・刊『ジャスコ三十年史』(2000)』


イオン(ギリシアの伝説)
いおん
Iōn

ギリシアの伝説で、イオニア人に名を与えたとされる人物。アテネ王エレクテウスの娘クレウサは、アポロン神に誘惑されてイオンを生むが、処置に困ってこれを捨て、クストスと結婚する。クストスは、舅(しゅうと)エレクテウスの死後アテネ王となるが、夫婦は子宝に恵まれないため、子が授かるように神託を求めてデルフォイに赴く。神託は、神殿を出て最初に出会う者をわが子とせよというものであったが、その者こそアポロンの計らいで無事成長したイオンであった。ところがクレウサは彼をクストスの隠し子と誤解し、老僕の協力を得てこれを毒殺しようとするが露見し、逆に窮地に陥る。だがここで巫女(みこ)ピティアが介入し、母子の再認が成立して大団円となり、ともにアテネへ戻ってイオンはイオニア人の祖となる。

 以上はエウリピデスの劇によって知られている伝承であるが、イオンをクストスの実子とする異伝もあり、そこでもイオンは、紆余(うよ)曲折ののちアテネ王となり、イオニア人の祖となっている。

[丹下和彦]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「イオン」の意味・わかりやすい解説

イオン

スーパー・チェーンストア大手のイオンを傘下にもつ持株会社。1758年創業の篠原屋が前身。1887年屋号を岡田屋に改称,1926年株式会社に改組し岡田屋呉服店として設立,1959年岡田屋と改称。1969年業務提携先と共同出資した仕入れ子会社ジャスコを設立。1970年ジャスコほか 3社が合併し,社名をジャスコに変更した。1972年以降中小スーパーマーケットを次々に合併してチェーン拡大をはかる。1980年,コンビニエンスストアミニストップを設立。1989年グループの名称をイオングループとし,2001年に社名をイオンと改める。2000年には経営破綻したヤオハンジャパン(社名をヤオハンに,2002マックスバリュ東海に変更)を,2003年には同じく経営破綻したマイカルを傘下に置いた。2005年フランスのカルフールが日本で展開したカルフール・ジャパンを子会社化し,社名をイオンマルシェに変更した。2008年,全事業をイオンリテールに承継させ純粋持株会社に移行。2013年ダイエー,ピーコックストア(→大丸)を,2015年マルエツを子会社とした。

イオン
ion

中性の原子,原子団または分子が1個または数個の電子を失うか,逆に過剰の電子を得て電荷をもつ状態になったもの。電子を失ったものは正電荷を帯びて陽イオン (カチオン) となり,電子を得たものは負電荷を帯びて陰イオン (アニオン) となる。その電気量は電気素量の整数倍で,その倍数をイオンの電荷数という。電荷数は周期表における元素の族と関係している。たとえばアルカリ金属は電荷数+1のイオンに,ハロゲンは電荷数-1のイオンとなる。イオンは電解質溶液中やイオン結晶の中に存在する。気体の場合は,放電やX線,電子,陽子などの放射線照射によって生成する。イオンは元素記号の右肩にイオン価と電荷の符号をつけ,Na+ ,Fe3+ ,または Cl- のように表現する。

イオン
Iōn

ギリシアのエウリピデスの悲劇。アポロン神とアテネ王女クレウサの不義の子として生れ,捨てられたイオンは,ヘルメス神に拾われてデルフォイのアポロンの神殿に仕えている。クレウサはクストスと結婚したが,子のない夫婦はデルフォイにおもむいて神託を伺う。クストスは神託を誤解してイオンが自分の結婚前の浮気の落し子であると信じて喜ぶが,クレウサはこれをねたんでイオンを殺そうとする。しかし見破られて殺されかけ神殿に避難すると,巫女が証拠の品を持って現れ,劇的な母子再会となる。このような筋書はのちに新喜劇の好んで用いる典型的な型となった。

イオン
Iōn

ギリシア神話に登場するイオニア人の呼び名の起源となった英雄。ギリシア民族の始祖ヘレンの息子の一人クストスが,テッサリアからアテネに亡命し,そこでエレクテウス王の娘クレウサと結婚してもうけた息子とされるが,別伝ではクレウサが結婚前にアポロンの種によって生んだ子で,クレウサに捨て子にされたところをヘルメスによってデルフォイに運ばれ,アポロン神殿の神官たちに育てられ,参詣に来たクストスが,神託の命令に従い養子にしたともいわれる。エレクテウスの死後,その跡を継いでアテネ王となり,住民を4つの部族に分けるなどして,国制を整備したとされる。

イオン[キオス]
Iōn of Chios

[生]前490頃
[没]?
ギリシアの悲劇詩人,抒情詩人。悲劇作品は現存しないが,ソフォクレスの温和で洗練された人柄を論評した文章の一部が伝わっている。

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