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回教 かいきょうHui-jiao

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

回教
かいきょう
Hui-jiao

イスラム教のかつての漢名。イスラム教は唐代に中国に伝わったといわれるが,黄巣の乱以後,一時消滅してしまった。宋代になるとサラセン人の南海貿易船が再び中国南部を訪れるようになり,それに伴って教は復興した。モンゴル人の元朝になると西域イスラム教徒が大挙して中国に流入するようになり,元朝で重要な地位を占めた者も少くない。特に西域人は雲南,広東,杭州,山東,北京などに多かった。イスラム徒は中国では回回,回教人などと称された。回教の回はウイグル人すなわち回 紇,回鶻に由来したといわれる。現在では回教は清真教といわれ,モスク清真寺もしくは礼拝寺といわれている。回教人は都市,地方を問わず同教徒が集団で居住する共同社会を構成している。中国の回教徒の人口は 500万~1000万と推定されているが,実数は不詳。最も多いのは雲南,山東,広東,河北である。

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デジタル大辞泉の解説

かい‐きょう〔クワイケウ〕【回教】

イスラム教。西域居住の回紇(ウイグル)族を経て中国に伝わったので、この名がある。

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百科事典マイペディアの解説

回教【かいきょう】

イスラム

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世界大百科事典 第2版の解説

かいきょう【回教 Huí jiào】

イスラムに対する中国の称呼。日本でも用いられた。中国でイスラムを回回教(回教)と呼ぶようになったのは明代(1368‐1643)である。その由来は,遼代(10~11世紀)に中央アジアの民族を呼ぶ回回という語があり,これは回紇(ウイグル)の語音の転じたもので,回紇が住んでいた中央アジアにイスラム教徒が多かったことによる。元代には回回は広くイスラムを指す語になった。中国の回民(回族)はイスラムを伊斯蘭と呼び,その教徒を穆斯林(ムスリム)と呼ぶ。

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大辞林 第三版の解説

かいきょう【回教】

〔中国に伝わる時、回紇(=ウイグル)民族の住む中央アジアにイスラム教徒が多かったところから〕
イスラム教の別名。回回フイフイ教。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

回教
かいきょう

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世界大百科事典内の回教の言及

【イスラム】より

…イスラムそれ自体が宗教の名であるから,イスラム教と呼ぶ必要はない。かつて欧米ではモハメッド教,マホメット教Mohammedanism,中国で清真教,回回教,回教,日本でも回教と呼ばれたことがあるが,正しい呼称ではないために現在ではほとんど用いられなくなっている。
[拡大するイスラム]
 610年にメッカでムハンマド(日本ではしばしばマホメットと呼ばれる)がイスラムを創唱したとき,その教えを信じてムスリムとなったのは,妻ハディージャ,いとこのアリー,友人アブー・バクルなどわずか数人にすぎなかった。…

※「回教」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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