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国際小麦協定 こくさいこむぎきょうていInternational Wheat Agreement; IWA

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

国際小麦協定
こくさいこむぎきょうてい
International Wheat Agreement; IWA

第2次世界大戦後初めてできた国際商品協定で,1949年に調印された。国際的に小麦の需給が緩和したことから,アメリカ,オーストラリア,カナダ,フランス,ウルグアイの輸出5ヵ国が他の輸入 37ヵ国に小麦を売る条件を定めたもので,価格,数量保証,国内農業価格政策の自由などに関し,輸入国の立場が一応輸出国と同等に扱われている。日本は 51年に初めて参加した。その後 67年のケネディ・ラウンドで国際穀物協定と呼称を変更したが,71年協定から旧名称に復活。 71年協定は国際穀物協定と同様に小麦貿易規約と食糧援助規約から成るが,前者には主として輸出国間の意見の対立によって,価格規定と数量保証などの経済条項が欠如している。 95年,規約の改定とともに再び国際穀物協定と名称変更。協定の管理機構も国際穀物理事会(International Grain Council; IGC)と変更された。 98年現在の加盟国は 32ヵ国およびヨーロッパ連合 EU。 (→1次産品共通基金 )

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栄養・生化学辞典の解説

国際小麦協定

 コムギ国際価格を安定させるために輸出国と輸入国の間で取り交わされる国際商品協定.

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

国際小麦協定
こくさいこむぎきょうてい
International Wheat Agreement

略称IWA。小麦の価格安定化を図るための国際商品協定。最初の国際小麦協定は需給調節を目的として1933年に成立したが、約1年で解体した。第二次世界大戦後の小麦協定は49年に成立した。この協定は多国間契約方式を採用し、その後3年ごとに更改されていたが、67年から約1年間の空白期間をおいて、68年に前年発効の国際穀物協定によって引き継がれることになった。国際穀物協定はケネディ・ラウンドの一環として成立したものであり、開発途上国に対する食糧援助をもその内容として含んでいた。ところが、穀物協定は71年の更改交渉に際して、価格帯の設定をめぐる加盟諸国の対立から、価格安定化メカニズムなどを規定する経済条項を含まない71年の国際小麦協定が成立したことにより実質的に骨抜きにされてしまう。
 この1971年の小麦協定は、加盟国間の小麦の安定供給を主要課題とする貿易規約と開発途上国に対する食糧援助規約からなるものであった。その後、小麦協定は数次にわたり更改されたが、94年12月の国際小麦理事会International Wheat Council(IWC)において、小麦貿易規約にかわり穀物を主たる対象とする穀物貿易規約が採択され、95年に食糧援助規約とあわせた国際穀物協定が成立したことを受け、失効するに至った。[入江成雄・横川 新]

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世界大百科事典内の国際小麦協定の言及

【国際商品協定】より

…国際商品協定は需給の枠が国際的な広がりをもち,天候などの要因に左右され価格変動の激しい一次産品価格を輸出,輸入国の一方に偏らないような手段のなかで安定させるのが目的である。第2次大戦前にも1931年の国際砂糖協定,33年の国際小麦協定などいくつかの国際商品協定が結ばれているが,これらは輸出国の利益をはかるためのものか,あるいは国際カルテル的色彩が強いものであった。ITO憲章後の最初の国際商品協定は,49年発足の国際小麦協定,68年いったん国際穀物協定に改組し,その後71年に再び国際小麦協定としてスタートした協定である。…

※「国際小麦協定」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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