改訂新版 世界大百科事典 「多元環」の意味・わかりやすい解説
多元環 (たげんかん)
algebra
実数を係数とする二次の正方行列全体をAで,また実数全体をKで表すと,次の(1)(2)が成り立っている。
(1)AはK上の加群である。すなわち,Aの二つの元の和が定義されていて,それについてAはアーベル群(可換群)であり,Kの元λとAの元aの積λa(スカラー倍)が定まっていて次の(a)~(c)の性質をもつ。
(a)λ(a+b)=λa+λb
(b)λ1(λ2a)=(λ1λ2)a
(c)1・a=a
(2)Aの二つの元a,bの積abが定義されていて,(a)~(d)の性質をもつ。
(a)(ab)c=a(bc) …(結合法則)
(d)λ∈K,a,b∈Aのとき,λ(ab)=(λa)・b=a(λb)
n次の正方行列全体についても,(1)(2)が成り立っている。一般に集合Aと単位元をもつ可換環Kがあって,上の(1)(2)を満たすとき,Aを環K上の多元環という。実数係数のn次正方行列の全体,四元数全体(Kはいずれも実数全体)は多元環のたいせつな例である。これ以外にも数学においては多くの多元環が現れ,重要な研究対象になっている。以下,多元環の例をいくつかあげよう。
例1
外積代数 Vが実数全体のなす体K上の三次元ベクトル空間であり,e1,e2,e3がその1組の基底であるとする。∧(V)が1,e1,e2,e3,e1∧e2,e2∧e3,e3∧e1,e1∧e2∧e3を基底とするベクトル空間であるとし,積∧(外積)は性質,
ei∧ei=0 ei∧ej=-ej∧ei (i≠j)
で定められるものとする。例えば,
(e1∧e3)∧e1=-(e3∧e1)∧e1=-e3∧(e1∧e1)=0
(ae1+b(e1∧e3))∧(e3∧e2)=ae1∧(e3∧e2)+b(e1∧e3)∧(e3∧e2)
=-ae1∧e2∧e3
である。∧(V)は積∧をもつ多元環である。これを外積代数,またはグラスマン代数Grassman algebraという。一般のベクトル空間に対しても外積代数が考えられる。
例2
群環 Gが有限群で,Kが体であるとき,Gの元のK上の一次結合の全体をK[G]で表し,K[G]の乗法をGの演算によって定めればK[G]はK上の多元環となる。これをGのK上の群多元環,あるいは群環という。
例3
実数全体で連続な関数で,ある有界集合の外では0になるもの全体をCで表し,Cの元f,gの積を,で定めれば,Cは実数全体のなす体上の無限次元の多元環となる。また,積に関する結合法則(2)の(a)を満たさない多元環を考えることもある。
執筆者:斎藤 裕
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報