a、bを実数、iを虚数単位とするとき、a+biの形で表される数をいう。x2=1を満たす実数は1と-1であるが、x2=-1を満たす実数は存在しない。そこで数の範囲を実数だけに限っておくと、実数を係数とする二次方程式ax2+bx+c=0は解をもつ場合ともたない場合とに分かれる。この不調和をとり除くために、複素数という新しい数を登場させる。まず、i2=-1を満たす新しい数を考え、一般にa、bを実数として、a+biと表される数を考える。そして、相等と和積を次のように定める。
(1)a+bi=c+diとはa=c,b=dのこと
(2)(a+bi)+(c+di)
=(a+c)+(b+d)i
(3)(a+bi)・(c+di)
=(ac-bd)+(ad+bc)i
減法と除法はこの演算の逆演算として定める。相等と演算をこのように定めた新しい数が複素数である。a+biでb=0のときが実数であり、b≠0のとき虚数、とくにa=0,b≠0のときを純虚数という。また、複素数a-biを複素数a+biの共役複素数という。a-biの共役複素数はa+biである。
このように数の考え方を広くとると、二次方程式ax2+bx+c=0は、a、b、cが実数のときばかりでなく、複素数の場合にもつねに複素数の解をもつことがわかる。ガウスは二次方程式ばかりでなく、一般にn次方程式
a0xn+a1xn-1+……+an=0
は重複解も含めて、ちょうどn個の複素数解をもつことを証明した。これは代数学の基本定理とよばれている。
三次方程式の一般解の公式を発見した数学者として、カルダーノのほかに数名の名があげられているが、その発見の場は16世紀のイタリアであった。当時の数学者にとって数の範囲は実数であり、三次方程式の解の公式も当然その前提でなされていた。ところが、まえもって整数解をもつことがわかっている、ある三次方程式について、カルダーノの公式を当てはめてみた結果、どうしても2乗して負になる数を考えなければならないことを発見したといわれている。これが数学の歴史の表面に複素数が登場した初めであるが、なお長い間、人々は虚数を認めようとはしなかった。それを論理的に構成したのがガウスである。実数を直線上の点に対応させたと同じ方法で、ガウスは複素数を平面上の点に対応させた。複素数a+biに、平面上の点(a,b)を対応させるのである。そして、複素数の四則を平面上の点の移動によって説明した。たとえば、複素数a+biに虚数単位iを掛けるということは、点a+biを原点の周りに90度回転させることを意味する。このようにして虚数imaginary numberつまり想像上の数とよばれていたものが、見える数として人々に安心感を与えるようになったことになる。複素数に対応させられた平面をガウス平面、または複素平面という。
二次方程式の解を考えた場合と同様に、複素数を導入することによって、数学の他の分野も統一的に理論化される。たとえば、定数a、b、cを係数とする微分方程式
ay"(x)+by'(x)+cy(x)=0
で、tの二次方程式at2+bt+c=0の解をα、βとするとき、α、βが虚数の場合も含めて、解が
y(x)=c1eαx+c2eβx
と表される。αが虚数のとき、eαxは複素数値の関数である。コーシーは、微分積分学の理論を複素数体上に拡張し、今日、関数論とよばれる理論を建設した。それによって、実数の範囲に限定していては説明のつかない微分積分学上のいろいろな性質が、複素数を経由することによって説明されることにもなったのである。
[寺田文行]
自然現象を記述する際に、複素数はきわめてよく使用され、その有用性は物理学のほとんどすべての分野で知られている。たとえば、電気・磁気に関する現象、流体の運動、波動現象をはじめ、原子・分子・原子核・素粒子などの微視的世界の現象の記述に欠くことができないものとなっている。物理学でもっとも簡単でかつよく使われる複素関数の例として、指数関数eiθを取り上げてみる。eは、自然対数の底として知られている数で、2.71828……である。関数exの導関数すなわち微分係数がそれ自身である(dex/dx=ex)という便利な性質と相まって、指数関数eiθはきわめて有用である。z=eiθは、複素平面上の半径1の円であるから、もし変数θが時間tの関数としてθ=ωtで与えられると、角速度ωの回転運動を記述する。eiθ=cosθ+isinθであるから、この運動を実軸(x軸)上または虚軸(y軸)上でみれば周期運動となる。実際、フックの法則(復元力が変位に比例する)に従うばねに結ばれた質量mの質点の運動は、m(d2x/dt2)+kx=0(kは正の定数)で記述され、その解が
で与えられることは、指数関数の性質から容易に示される。ここで
で、aおよびδは時刻ゼロのときの条件で決まる定数である。さらに、速度に比例する抵抗力がある場合も、ωを複素数として解くことができる。抵抗力の比例係数をαとして運動方程式は、
m(d2x/dt2)+α(dx/dt)+kx=0
で、x=aei(ωt+δ)と置くと、
のとき解となる。抵抗力が小さいとき、
となり、時間とともに減衰する振動を表す。
同様に、抵抗やコンデンサーを含む電気回路内の電荷の運動についても、複素数は有効に利用されている。
通常、私たちが取り扱う量(測定量)は実数であるから、複素数の使用は便宜的なものと考えられるが、微視的世界を記述する量子力学や場の理論では、運動方程式および状態の記述自身に複素数が用いられ、より本質的役割を果たしている。
[阿部恭久]
『岡崎誠著『物理に役立つ複素数』(1995・丸善)』▽『宮西正宜・増田佳代著『複素数への招待』(1998・日本評論社)』▽『上野健爾編著、浪川幸彦・高橋陽一郎編『複素数の世界』(1999・日本評論社)』▽『都筑卓司著『なっとくする虚数・複素数の物理数学』(2000・講談社)』
平方して-1になる数iを虚数単位といい,iを用いてa+bi(a,bは実数)と表される数を複素数という。複素数a+biとa′+b′iは,a=a′,b=b′のときに限って等しい。とくにa+biが0(=0+0i)であるのは,a=0,b=0のときに限る。複素数α=a+biに対し,ᾱ=a-biをαの複素共役といい,をαの絶対値という。二つの複素数α=a+bi,α′=a′+b′iに対して,算法を次のように定める。(1)α±α′=(a±a′)+(b±b′)i(複号同順),(2)αα′=(aa′-bb′)+(ab′+a′b)i。αが0でなければαの逆数で与えられ,したがって0でない複素数での割算が可能で,複素数では四則演算ができる。
複素数は代数方程式の問題と関連して導入された。一般に複素数係数のn次の代数方程式は,複素数の範囲でn個の根をもつ(代数学の基本定理)ことが1799年にC.F.ガウスによって示された。
執筆者:斎藤 裕
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