大モラビア国(読み)だいもらびあこく(その他表記)Velkomoravská říše チェコ語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「大モラビア国」の意味・わかりやすい解説

大モラビア国
だいもらびあこく
Velkomoravská říše チェコ語

9世紀前半、フランク王国臣従していた西スラブ人が独立してつくった大国。その版図は現在のチェコスロバキアを中心に、ハンガリーポーランドの一部を含んだ。第2代の王ロスティスラフRostislav(在位846~870)の治世がとくに有名で、ローマ教会支配に伴う西方からの侵略を防止するために、ビザンツビザンティン帝国)との同盟を考え、ビザンツ教会布教を懇請し、テッサロニキの高僧キリル(コンスタンティノス)、メトディオスの兄弟を招いた。その後さらに領土を拡大したが、強大化を恐れたフランク王国がハンガリーと結んで干渉したため、9世紀末から衰え始め、10世紀初頭にはハンガリー人の攻撃で滅亡した。

[稲野 強]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大モラビア国」の意味・わかりやすい解説

大モラビア国
だいモラビアこく
Velkomoravský říše

9~10世紀のチェコ人の国家。スラブ人の最初の本格的な国家組織。 822年に最初の記録が現れる。初代の支配者はモイミル1世公。その子ロスティスラフ公はドイツ人の勢力に対抗するためビザンチンから宣教師キュリロスとメトディオスを招いたことで有名。その従兄スワトプルク公はドイツ人と戦い,パンノニア,ボヘミア,ラウジッツ,シレジア (シュレジエン) に勢力を拡張。しかしその死後,ドイツ人の介入,ハンガリー人の侵攻で急速に衰退した。

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