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大中臣本系帳 おおなかとみほんけいちょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大中臣本系帳
おおなかとみほんけいちょう

正しくは『新撰氏族本系帳』。『中臣氏系図』ともいう。1冊。天平宝字5 (761) 年,朝廷が各氏に命じて系譜を提出させたが,のちになって大中臣安則らが,延喜6 (906) 年この大中臣氏の部に補修を加え,1通を朝廷に提出し,3通を一族の3家でそれぞれ保管することにしたもの。『群書類従』所収。

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世界大百科事典 第2版の解説

おおなかとみほんけいちょう【大中臣本系帳】

古代の大族,大中臣氏の系譜書。906年(延喜6)に神祇大副であった大中臣安則らが撰進したので,《延喜本系》《安則本系》ともいう。この本系帳の冒頭には〈新撰氏族本系帳〉を提出するにあたっての経緯を記した解状(げじよう)が添えられ,本系には安則らの祖先である黒田大連公の子,中臣常磐大連公から書き起こされ,賜姓(しせい)のこと,本系帳撰進のことなどが記されている。《群書類従》所収の《中臣氏系図》に引かれる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大中臣本系帳
おおなかとみほんけいちょう

大中臣氏の系譜帳で、906年(延喜6)成立。1巻。その一部が『中臣氏系図』(『群書類従』巻62「系譜部」)に収められている。同書に載せる延喜(えんぎ)6年6月8日「延喜本系解状(げじょう)」によれば、大中臣安則(やすのり)らは自氏の本系および祖先の由緒事跡を明らかにし、氏姓の疑いを正すため、893年(寛平5)以来14年間、先後の本系帳や各家門の古記録を調査して完成。『新撰(しんせん)氏族本系帳』(1巻)と名づけ、4通を書写、1通を省庫に納め、3通をすでに御食子(みけこ)・国子(くにこ)、糠手子(ぬかてこ)の3系に分かれていた大中臣氏三門に分置保管したという。[谷口 昭]
『『群書解題 第1巻 系譜部』再版(1976・続群書類従完成会)』

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