大学事典 「大学研究」の解説
大学研究
だいがくけんきゅう
[定義]
言葉通りの意味では大学(高等教育)に関する研究全般を指すが,固有概念としての「大学研究」は「大学を対象に,その政策や経営・運営に資する実証的,理論的研究の組織化された取組み」を意味し,固有の学会や研究組織の形成によって顕在化したものを言う。大学の研究そのものは,歴史研究において古く,ラシュドール,H.の『大学の起源』(1895年),大久保利謙『日本の大学』(1943年)のような偉大な成果が生まれているが,歴史研究全般の流れの中の個人の営為にとどまってきた。また,カント,I.の『諸学部の争い』(1798年)や永井道雄の『大学の可能性』(1969年)のような諸学の泰斗による大学についてのさまざまな業績があるが,それらは大学に関する碩学による時代の要請に応える言説であって,大学論に分類するのがふさわしい。また,一般教育や初年次教育などの研究も盛んに行われてきているが,それらは大学教育研究として区別できる。
[発生と展開]
固有概念としてアメリカの大学研究は,アメリカ合衆国に発生したと言って良い。20世紀に入ってのアメリカの高等教育が世界に先駆けてエリート段階からマス段階に移行し,さらに1960年代から70年代にかけてユニバーサル段階に移行し,大学に関する研究に組織性が必要となった。大学の経営・運営には客観的なデータが必要となり,インスティチューショナル・リサーチ(IR)が生まれた。IRの萌芽は1700年代のアメリカのセルフ・スタディにあるとされ,19世紀前半の各種の財団の支援を受けた大学サーベイ活動全盛期に担当部門の萌芽は認められる。しかし,それが大学研究として顕在化するのは,その業務を専門職と意識する者によって,1964年には115大学にIR部局が存在する状況下で,66年AIRが組織され,学会誌に恒常的に研究成果が蓄積されるようになってからである。
高等教育システムの実証的,理論的研究においてもアメリカが発生地となった。ユニバーサル段階の複雑な高等教育システムの整備と運営にかかせない研究装置として,1956年にアメリカで最初の高等教育システムの研究を専門とする研究機関として,高等教育研究センター(アメリカ)(CSHE(アメリカ))がカリフォルニア大学バークレー校に創設され,同種の研究機関は今やアメリカ全土の大学に波及している。全米規模では,1960年代から70年代にかけてカーネギー財団の一角であるカーネギー高等教育審議会が全米の高等教育研究者を総動員して,大学紛争を含む段階移行期の現象把握と課題解決の広範な研究を指導した。大学はあらゆる諸科学の対象とされ,各学会の活動の一部となってきたが,こうした状況を背景に,1976年にアメリカ高等教育学会(ASHE(アメリカ))が創設され,それは大学が組織的にして恒常的な学術研究の対象として確立したことを意味した。
本来,大学研究は大学という分野に対する諸科学のディシプリンからのアプローチであって,固有の方法をもつディシプリンではない。しかし,大学という固有の分野に沿った研究の結果,研究の先行したアメリカで,いくつかの固有のパラダイムを生んでいる。それの代表例が,マーチン・トロウ,M.(Martin Trow,M.)の生み出した高等教育のエリート・マス・ユニバーサル段階進化論やバートン・クラーク,B.R.(Burton R. Clark,B.R.)の「調整の三角形理論」(triangle of coordination)理論と「起業者型大学論」(entrepreneurial universities)論である。なお,こうした展開の中で,歴史研究も組織性を帯び,1962年にルドルフ,F.(Fredrick Rudolph,F.)によってそれまでのアメリカ大学史研究が集大成され(『The American Colleges & Universities: A History』),また大学史専門の学術誌が1981年にニューヨーク州立大学で創刊され,現在『Perspectives on the History of Higher Education』としてペンシルヴェニア州立大学の手で毎年刊行されるようになっている。
[世界への波及と日本における展開]
1980年代以降,世界の高等教育がマス段階へ,ユニバーサル段階へと移行するなかで,固有の意味での大学研究も世界に波及していった。IRについてみると,1979年にヨーロッパ,88年にオーストラリア,94年にカナダと南アフリカ,2000年に台湾,01年に東南アジア,03年に中国,07年にフィリピン,09年に中東・北アフリカのIR学会の設立がそのグローバルな波及を示している。高等教育システムの研究についても世界的な波及が見られ,とくにマス化に加えてEU統合に伴う各国の高等教育のシステム調整がボローニャ・プロセスとして実現しているヨーロッパにおいて著しく,それを国際的な視野をもった高等教育研究機関であるINCHER(ドイツ)(1978年,ドイツのカッセル大学に設立)やCHEPS(オランダ)(1984年,オランダのトウェンテ大学に設置)のような存在が象徴している。そうした中で,トロウやクラークの理論も,世界各地の大学研究者に共通ツールとして浸透していった。
日本における日本の大学研究の展開は,第2次世界大戦後の教育改革がアメリカの強い影響下で行われたこともあって比較的早くからスタートし,その端緒は1954年に設立された民主教育協会(IDE,現在はIDE大学協会)の研究活動であると言って良い。同協会は民主教育普及を目的としていたが,当初から大学についての研究活動を重視し,日本の大学システムの現状分析や各国のシステムの紹介などで先駆的成果を生み,また1979年から2004年まで財団法人高等教育研究所を併設して,日本の大学研究を牽引してきた。1972年に広島大学大学教育研究センター(現,広島大学高等教育研究開発センター)が日本で最初の大学・高等教育研究のための専門組織として,また97年には日本高等教育学会(JAHER)が誕生しているが,その担い手の多くがIDEの活動から生まれ,同協会は実質的に日本の大学研究の揺籃としての役割を果たした。
なお,日本の大学史研究の組織化は,1968年以来ボランティア的に開催されてきた大学史研究セミナーの活動を基礎に,78年の学会としての大学史研究会(日本)の設立によって果たされた。大学史研究会には大学研究の担い手の参画が顕著で,歴史研究を重視する日本の大学研究の特色に繫がっている。
著者: 舘 昭
参考文献: IDE,高等教育研究所編『業績と回顧』民主教育協会,2004.
参考文献: Richard D. Howard, Gerald W. McLaughlin, William E. Knight, The Handbook of Institutional Research, Jossey-Bass, 2012.
参考文献: Tatiana Fumasolia and Bjørn Stensakerb, “Organizational Studies in Higher Education: A Reflection on Historical Themes and Prespective Trends,” Higher Education Policy, 26, 2013.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報