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大学紛争 だいがくふんそう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大学紛争
だいがくふんそう

1960年代末期,世界的な傾向のなかで日本の大学に続出した学園紛争。 1968年,フランスの学生による五月革命に代表される世界的な大学紛争の嵐は日本にも及んだ。日本には 67年 10月の羽田闘争以来の過激派学生運動の素地もあった。紛争の原因や様相は多様であり,学問,教育研究のあり方,大学の自治への問いかけから,社会体制の変革,国家権力の打倒を目指すなどさまざまだった。 69年1月,東京大学全学共闘会議学生が占拠した安田講堂を,加藤一郎総長代行が 8000人の警視庁機動隊を導入して実力排除した安田講堂事件がそのピークであった。紛争は関東の東京大学,日本大学重点から関西の京都大学立命館大学に飛び火し,全国に拡散。佐藤内閣は,文相に紛争校の閉廃権を与える大学臨時措置法の立法に踏切り,69年8月施行した。これに反対する紛争大学は同年 10月,77校に達した。しかしその後同法の効果もあって紛争は鎮静に向い,70年末にはほぼ終息するにいたった。

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大辞林 第三版の解説

だいがくふんそう【大学紛争】

大学の運営・教育・研究のあり方について、大学当局と学生の主張が対立して起きる紛争。日本では、1960年代後半に頻発した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大学紛争
だいがくふんそう

大学の管理・運営、研究、教育、およびその制度、大学にかかわる政策をめぐり、行政当局、大学教職員、学生の三者間、またはそれらの内部で意見・主張が対立し、争いとなったもの。
 第二次世界大戦後、日本の大学紛争は、終戦直後と1950年代の多発期を経て、60年代後半の紛争へ至る。とくに68年(昭和43)前後のそれは、発生件数、原因の多様さ、規模の大きさ、激しさにおいて過去のものとは異なる。60年代後半の大学紛争の動因は、たとえば日本大学における経営者の脱税の発覚、東京大学における事実誤認に基づく学生処分などであるが、より根本的には、学生数の急増によるマスプロ教育、大学の非民主的な管理・運営体制などが、その原因として指摘される。学生の基本的な要求は、(1)大学教育の改善、(2)産学協同体制の否定、(3)大学管理への学生の参加などであった。早稲田(わせだ)大学のストライキ(1966~67)は学費値上げ、学生会館の管理問題に端を発したが、学生はこれらを教育行政、政治、社会の問題としてとらえ、ここから大学紛争は、全国的に体制批判の性格を明確にした政治闘争へと拡大したといわれる。67~68年の東大紛争のころ、全国の116大学に紛争が波及した。こうした状況に対し69年8月、自民党の強行採決により「大学の運営に関する臨時措置法」が成立した。同法により1年以上紛争を続けていると廃校とするとされ、ほとんどの大学が機動隊を導入し、紛争は鎮静化された。大学紛争のなかで提起された諸課題は、しかしながらほとんど未解決のまま残されたというのが一般的な見方である。
 一方、同じ1960年代後半に諸外国でも大学紛争は多発していた。たとえばアメリカでは、少数派(黒人など)学生用の特別講座の新設、大学の管理・運営への学生参加の拡大、処分制度の変革などをめぐり、68~70年に全米規模の大学危機があった。イギリスでは、直接的にはロンドン大学の新学長就任問題に端を発するが、問題状況は学生数の急増に伴う諸問題を根底にもっていた。イタリアでは、大学の講座制に起因する封建的体質に対する不満が、68年の大学改革案国会上程を機に噴出した。フランスでは、過度に学生数が急増したパリ大学の組織運営への不満や、第三世界への連帯、問題関心の高揚から、学生のなかに、大学の主体者となるべきだという意識が醸成され、五月革命(1968)へと至る。これら諸外国の大学紛争に共通するのは、大学の管理・運営への学生の参加という争点であり、混乱期を通じて徐々にこうした基本的問題を、学生を加えて検討するという体制がつくられたり(イギリス)、カリキュラムや規則が改正されたり(アメリカ)した。しかし、未解決の問題や新たな問題で紛争はつねに起こりうる。このことは日本も例外ではありえない。[窪田眞二]

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世界大百科事典内の大学紛争の言及

【革命】より

…ところが,豊かさは消費と余暇活動を拡大することによって生産至上主義からの離反傾向をうみだすとともに,公害や自然破壊や人間疎外をもたらしたことによって,生産至上主義への批判を助長することになった。1960年代後半に先進産業社会でおこった若者の反乱,大学紛争は,産業社会の危機意識を象徴していた。この危機意識は二つの要求をもっていたといえる。…

※「大学紛争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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