大宇グループ(読み)だいうぐるーぷ(英語表記)Daewoo group

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大宇グループ
だいうぐるーぷ / デウ
Daewoo group

韓国(大韓民国)の企業グループ。大宇財閥を構成していた。現代グループ、三星(サムスン)グループと並んで韓国三大企業グループの一つに数えられていたが、1999年7月、経営悪化のため事実上解体した。
 1967年、大邱(たいきゅう/テグ)出身の金宇中(きんうちゅう/キムウジュン)(1936― )が従業員数5人でスタートした大宇実業Daewoo Industrial Co., Ltd.が大宇グループの第一歩で、1968年に最初の繊維プラントを釜山(ふざん/プサン)に建設。繊維の加工・貿易が経営の中心で、1975年、総合商社として政府から指定を受け、1976年には新しく大宇重工業を設立、1978年には大宇造船重機が政府の要請に応じて造船業に進出し、国内の船舶建造量の30%を占めるに至った。
 この大宇グループの躍進の背景には、創業者と同じ慶尚道(けいしょうどう/キョンサンド)出身で開発独裁政権の典型といわれ、「漢江(ハンガン)の奇跡」とよばれる高度成長政策を推し進めた朴正煕(ぼくせいき/パクチョンヒ)政権との緊密な連携関係があった。
 グループは、1982年に大宇実業がグループの建設部門を合併して株式会社大宇Daewoo Corp.と改称し、グループの親会社としての態勢を整えたころから発展の第2期を迎え、韓国経済が金融破綻(はたん)に見舞われた1997年時点で、世界65か国に計93の現地法人を設立し、380件以上の投資プロジェクトを手がけていた。
 1990年代中盤まで順調な経済成長を遂げた韓国経済であったが、財閥企業の過剰な規模拡大や設備投資による外債の膨張に加え、おりからの東南アジアの経済危機にも直撃され、1997年10月、ついに金融破綻(はたん)に直面した。その後政府は国際通貨基金(IMF)などから支援を受け、当面の危機は脱した。しかし1998年2月、経済再建をスローガンに発足した金大中(きんだいちゅう/キムデジュン)政権は、それまでの政経癒着の体質にメスを入れ、財閥系のものを含め、業績不振の銀行や企業の整理・統合の方針を打ち出した。
 現代グループや三星グループに比べて歴史の浅い大宇グループは、急激な拡大路線によって成長を遂げてきたが、そのため負債額も増大し、1999年4月には59兆ウォンにまで膨らんだ。またリストラクチャリング(経営再構築)による企業財政の改善も思うように進まず、ついに同年7月、韓国の金融監督委員会は大宇グループについて系列会社の売却などを債権銀行団が主導して進めることを決め、グループは事実上解体されることとなった。
 解体前の1998年のグループの売上げは重化学・電子70%、土木・建築10%、海外建設6%、その他14%で、売上高は36兆8940億ウォン(305億4650万ドル)であった。
 グループ解体後、2000年に建設部門が分離され、大宇建設となっている。[上川孝夫]

大宇証券

英語表記はDaewoo Securities Co., Ltd.。大宇証券は、大宇グループ系列最大の証券会社で韓国を代表する金融機関であった。1970年設立。1997年3月の営業総収入は3529億7600万ウォン(2億9000万ドル)に及んだが通貨危機で赤字に転落した。1999年7月のグループの解体後は、債権銀行団がグループから大宇証券の株式を買い取り、さらにその株式は韓国産業銀行に売却された。[上川孝夫]

大宇自動車

英語表記はDaewoo Motor Co., Ltd.。韓国の大手自動車メーカーであった。1972年に韓国の新進自動車とアメリカのGM(ゼネラル・モーターズ)社との折半出資によりGMコリアとして設立され、1983年に社名を大宇自動車に変更した。1992年に業績悪化でGMが撤退、商用車部門を大宇重工業に移し大宇グループの単独経営となった。1998年の資本金3546億7000万ウォン(2億9400万ドル)、従業員数1万7129人であった。グループ解体後は、国際入札による同社の売却が行われ、2000年2月には、アメリカのGM、フォード、ドイツのダイムラー・クライスラー(現、ダイムラー)、イタリアのフィアット、韓国の現代自動車の5社が入札参加を表明していたが、2001年にGM社が買収し、GM大宇自動車技術となり、2011年に社名を韓国GMに変えた。[上川孝夫]

大宇重工業

英語表記はDaewoo Heavy Industries Co., Ltd.。造船、自動車、建設重機械、鉄道車両工作機械などを手がける大手総合メーカーであった。設立は1976年。1996年の売上高は5兆1485億1300万ウォン(42億6300万ドル)。グループ解体後の2000年1月、国内債権団が海外債権団のもつ同社の債権を買い取り、債務処理を進めることが決められた。同年10月に造船部門は大宇造船工業(現、大宇造船海洋)、機械部門は大宇総合機械(現、斗山(ドゥサン)インフラコア)として分離された。[上川孝夫]

大宇電子

英語表記Daewoo Electronics Corp.。大宇電子は、大手総合家電メーカーで、創業は1972年。大宇グループの主力会社であった。1996年時点で、大宇自動車の37%、大宇重工業の30%、大宇開発の39%の株式を保有していた。1996年の売上高は3兆5700億ウォン(29億6000万ドル)。グループ解体後は、2000年1月に国内債権団によって海外債権の買い取り交渉が合意され、2006年、インドのビデオコン・インダストリーズVideocon Industries Ltd.に買収された。社名は2002年にDaewoo Electronics Co.,Ltd.から変更され、現存している。[上川孝夫]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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