四輪自動車の原型を生み出したドイツの機械技術者。1853年から3年間、エッセンのグラーフェンシュターデン工作機械工場で機械技術の実地訓練を受け、1857年から1859年までシュトゥットガルト工芸学校で学び、1861年から2年間イギリスの機械工場で実際的修業を積んだ。ドイツに帰ってからカールスルーエ機械製作会社で働いた。1872年にケルンのランゲン・オットー商会、後のドイツガス発動機会社の技術指導者として迎えられた。このとき彼は当時のガス機関を改良し、完成したものにしようという考えをもつに至った。1882年、オットー商会を去り、マイバッハWilhelm Maybach(1846―1929)とともにカンシュタットにエンジンの試験工場を設立した。1883年ここで最初のガソリン機関が誕生した。この機関は縦型で小型・軽量、回転速度も従来のものの約4倍、毎分800回転という画期的なものであった。熱管型点火装置、気化器は初めは表面型であったが、のちに霧吹き型気化器とし、吸入空気は予熱されるようになっていた。ダイムラーはこれを小型の乗り物に応用しようと考え、まず自転車にエンジンを取り付け1885年に走行に成功した。翌1886年にはエンジンを積んだ四輪自動車が走り、今日にまで及ぶガソリンエンジン時代の幕開きとなった。彼は1890年にダイムラー自動車会社をカンシュタットに創立した。
[中山秀太郎]
ドイツを代表する高級自動車メーカーの旧社名。2007年から2022年まで存在したが、2022年にメルセデス・ベンツ・グループに社名を変更した。1886年、ガソリンエンジン自動車を別々に開発したゴットリープ・ダイムラーとカール・ベンツがそれぞれ創業した企業を源流とする。世界最古の自動車会社で、販売台数は世界10位前後だった。脱炭素の世界的な潮流を踏まえ、2021年にトラック・バス(商用車)部門を分離。2021年の売上高は1680億ユーロ、純利益234億ユーロ、従業員数は約17万2000人だった。
[矢野 武 2022年9月21日]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
自動車実用化の父と呼ばれるドイツの機械技術者。銃床工として修業した後,蒸気機関製作所で働く。続いてシュトゥットガルト総合技術学校に学んだ後,小型の低出力機関の研究のためイギリスおよびフランスに渡った。帰国後ブルーダハウス機関工場,カールスルーエ機械製作所などを経て,1872年W.マイバハとともにN.A.オットーとE.ランゲンのドイツ・ガス原動機製作会社に入る。10年後マイバハとエンジン試験工場をカンシュタットに設立,高速回転内燃機関の研究を始めた。83年熱管点火の高速ガソリンエンジンの特許を得,85年表面気化器と密閉型クランク室によるオイル潤滑方式の縦型単シリンダーエンジンおよび冷却装置を,さらに89年にはV型エンジンなどを完成し,今日の自動車用ガソリンエンジンの原型を完成させるとともに,ガソリンエンジンを二輪車(1885)や四輪車(1886)に搭載,ガソリン自動車の実用化にも成功した。90年にはダイムラー社を設立。
執筆者:木本 忠昭
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
1834~1900
ドイツの技術者で,初めガス機関の発明者オットーの協力者。1883年軽量のガソリン機関を発明し,1890年シュトゥットガルト近郊にダイムラー自動車会社を設立,これがダイムラー・ベンツ社に発展する。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…本社シュトゥットガルト。1926年,ダイムラー社Daimler Motorengesellschaft(1890年G.ダイムラーにより設立)とベンツ社Benz et Cie Rheinrische Gasmotorenfabrik(1883年C.F.ベンツにより設立)の合併により設立。1928年に当時の有名な高性能車Mercedes‐SSK,36年に世界最初のディーゼル乗用車Mercedes 260 Dの生産を始める。…
…なお,〈道路交通法〉ではエンジンの排気量51cc以上のものを自動二輪車,50cc以下のものを原動機付自転車と呼んで区別している。 1885年ドイツのG.ダイムラーが,ガソリンエンジンをサドルの下に取り付け,ベルトにより後輪を駆動させる二輪車を製作したのがオートバイの始まりである。欧米諸国では主として走行を楽しむスポーツ用として発展を遂げ,第1次および第2次世界大戦中はその機動力を生かし,伝令・斥候用,先導用として単体あるいは側車(サイドカー)をつけて多用された。…
…N.A.オットーも1876年4サイクル火花点火式のガス機関を製作しているが,毎分回転数が200回程度で,馬力当りの重量も数百kgと重いものであり,燃料もガスであるため定置用に限られていた。83年G.ダイムラーは高速化により軽量化した小型4サイクルガソリンエンジンをつくり,85年二輪車を,86年四輪車を走らせた。混合気の点火は熱した管によって行い,また気化器にはガソリン液柱の底から空気を通して気化する方式を採用していたが,このダイムラーのガソリンエンジンが実用的なガソリンエンジンの最初といえる。…
…
[技術開発の時代]
内燃機関の理論を確立したN.A.オットーは,1876年に可燃性ガスを燃料とする火花点火のガス機関を改良し,ピストンとクランクを組み合わせた4サイクル作動方式の内燃機関の実用化に成功した。ドイツのG.ダイムラーは,このオットーの機関をさらに改良して,ついに実用に耐えうるガソリンエンジンをつくり,85年にガソリンエンジン二輪車を完成,また同年ドイツのC.ベンツもガソリンエンジン三輪車を完成し翌年に公開試運転を行っている。これらが今日の自動車の原型である。…
…これが4サイクルエンジンの最初のもので,ガス交換用および火炎点火用すべり弁はかさ歯車を介してクランク軸の1/2の回転数で駆動された。G.ダイムラーは高速化により軽量化でき,交通機械の駆動に応用できるという点に着目し,83年に最初の高速小型4サイクルガソリンエンジンをつくり,85年に二輪車を,86年四輪車を走らせ,今日の内燃自動車の基礎を築いた。このほか,容積形内燃機関で円滑な円運動を実現する試みは数多くあるが,現在実用になっているのはF.ワンケルにより発明された火花点火式のロータリーエンジンのみである。…
※「ダイムラー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
7/22 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新