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大智 だいち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大智 だいち

1290-1367* 鎌倉-南北朝時代の僧。
正応(しょうおう)3年生まれ。曹洞(そうとう)宗。肥後(熊本県)大慈寺寒巌義尹(かんがん-ぎいん)に師事,正和(しょうわ)3年元(げん)(中国)にわたり,古林清茂(くりん-せいむ)らにまなぶ。帰国後明峰素哲の法をつぎ,加賀(石川県)に祇陀(ぎだ)寺を創建。また肥後広福寺をひらいた。貞治(じょうじ)5=正平(しょうへい)21年12月10日死去。77歳。肥後出身。号は祖継,素渓。著作に「大智禅師偈頌」など。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

大智

没年:貞治5/正平21.12.10(1367.1.10)
生年:正応3(1290)
鎌倉後期・南北朝時代曹洞宗の禅僧。肥後(熊本県)宇土郡長崎の人。一説に諱を祖継という。肥後大慈寺の寒巌義尹のもとで出家し,南浦紹明,瑩山紹瑾,東明慧日らに学んだのち,入元して古林清茂,雲外雲岫,中峰明本に学び,また浙江の各地に曹洞宗の祖蹟を巡礼した。帰国に際して高麗に漂流したが,無事に加賀(石川県)に到着した。瑩山下の明峰素哲の法を嗣ぎ,加賀の祇陀寺を開き,晩年に肥後の豪族菊池氏の帰依などで聖護寺,広福寺を開いた。『大智禅師偈頌』は詩偈の素養として曹洞宗門に長く参究され,また仮名法語や抄物なども存する。<参考文献>広瀬良弘『禅宗地方展開史の研究』

(佐藤秀孝)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

だいち【大智】

1290‐1366(正応3‐正平21∥貞治5)
南北朝時代の禅僧。曹洞宗。肥後国宇土郡長崎の出。幼くして肥後大慈寺の寒巌義尹(かんがんぎいん)に師事。その後,鎌倉建長寺の南浦紹明や加賀大乗寺の瑩山紹瑾(けいざんじようきん),さらに円覚寺の東明慧日に参ずる。1314年(正和3)入元,24年(正中1)帰国,直ちに能登の瑩山に参覲,明峰素哲(めいほうそてつ)の法嗣となる。のち加賀河内荘に祇陀寺を開き,また菊池武時・武重に帰依されて肥後広福寺の開山となる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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