大野誠夫(読み)おおの のぶお

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大野誠夫 おおの-のぶお

1914-1984 昭和時代の歌人。
大正3年3月25日生まれ。「短歌至上主義」の同人をへて,昭和21年常見千香夫らと「鶏苑(けいおん)」を創刊。26年戦後風俗を素材とした歌集「薔薇祭(ばらさい)」を刊行。28年「砂廊」(のち「作風」と改題)を創刊した。昭和59年2月7日死去。69歳。茨城県出身。竜ケ崎中学卒。著作に歌集「胡桃(くるみ)の枝の下」,評論集「実験短歌論」など。
【格言など】蝶ひとつ青葉を越えぬ破れたる巴里(パリ)の空もかぎろふならむ(「花筏」)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大野誠夫
おおののぶお
(1914―1984)

歌人。茨城県生まれ。龍ヶ崎中学校卒業。『ささがに』『短歌至上主義』を経て、1946年(昭和21)『鶏苑(けいおん)』を創刊する。1947年に新歌人集団結成に参加し、戦後派として活動する。1951年に第一歌集『薔薇祭(ばらさい)』を出版、敗戦後の都市風俗をドラマチックに表現して話題をよんだ。大野は初め画家を志し、また映画好きでもあったことから、その作品の人物設定や場面構成などには多分に虚実が入り交じり、浪漫(ろうまん)的、幻想的な美の世界が現れている。だが、風俗派、虚構派、芸術派などともよばれる一方で、離婚による愛児との別れの悲哀を率直に歌うなど、人生派、現実派としての風貌(ふうぼう)も濃厚である。1953年に『鶏苑』を廃刊し、『砂廊』を創刊。1960年『砂廊』を『作風』と改組。歌集は『薔薇祭』『行春館雑唱』『胡桃(くるみ)の枝の下』『水観』など10冊。自叙伝『或(あ)る無頼(ぶらい)派の独白』(1982)がある。[日高堯子]
 数知れぬ爬虫(はちゅう)の背(せな)は濡れながら薔薇腐れゆく垣をめぐりぬ
『『大野誠夫全歌集』(1980・沖積舎) ▽上田三四二著『現代歌人論』(1969・読売新聞社)』

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