法例という語は現在つぎの二つの意味に使われる。(1)1898年に制定・公布された単行法で,法律の施行期日(法例1条)や慣習の効力(2条)を一般的に定めるほか,国際私法の主要な規定(3~31条)から成る。(2)個別の法律の総則の一部を成し,その法律の適用範囲を定める一般的な規定である(商法1~3条)。いずれも法律の施行時期や事項的・属人的・地域的な適用範囲を一般的に定めている。近時は,個々の法律ごとに総則や付則の形で,それぞれの法律の適用範囲や施行時期を個別に規定するようになっている(〈国際海上物品運送法〉,〈船舶の所有者等の責任の制限に関する法律〉等)。〈法例〉の語は〈各種の法令に均しく適用せられる概則〉という原義を持ち,《晋書》の〈刑法志〉や《唐律》の〈名例〉に,その用例があると伝えられており,〈例〉にも〈しきたり〉という意味がある。けれども,1995年に改正された刑法(1~4条)では,それまで上記の趣旨を持つ諸規定に使われていた〈法例〉に代えて,よりわかりやすい〈通則〉という語を用いている。
国際私法の主要な規定である上記(1)は,ヨーロッパ諸国の立法例,同改正草案のほか,1878年リマならびに89年モンテビデオおよび94年ハーグ(オランダ)の各国際私法条約草案など,きわめて広範な比較法的検討の末に制定されたものである。旧民法とともに施行が延期されていた旧法例(1890公布)が主としてイタリア民法前加篇とベルギー民法改正草案,同ローラン案を範としていたのに対して,現行法例はドイツ民法施行法草案(ゲプハルト第1案(1881),第2案(1887))等をもさらに参照し,現代に至っている。そのため日本の現行法例(1898公布)はドイツ法にならったものといわれるが,さらに二つの案を経て制定されたドイツ民法施行法(1896)中の国際私法規定と比べれば,少なくとも次の三つの重要な違いが認められる。第1に,日本の法例は自国および外国の法律の適用される場合をひとしく規定する完全な双方的規定を原則とするが,ドイツでは自国法の適用される場合のみを定める一方的規定を原則とする。第2に,ドイツでは自国民を保護するため自国法の適用を優先しようとする明文の例外規定が少なくないが,日本の法例ではこの点が一見明白ではなく,外国人が女戸主と入夫婚姻,または日本人の婿養子となる場合の特則だけが目立っていた(旧14条2項)。第3に,ドイツには債権行為・物権行為および債権譲渡に関する規定がないけれども,日本の法例はこれを持つ(7,10,12条)。いずれもドイツ法を一歩前進させた,と立法者が自賛した理由である。
その後,〈私生児認知〉を〈子の認知〉に替え(1942),日本国憲法の発布に伴い,外国人の入夫婚姻・婿入養子に関する場合の規定が削除されはしたものの(1947),ほとんど改訂を加えられることがなかったが,制定以来ほぼ100年を経て,渉外私法関係の在り方とそれを規律する基本理念も大きく変容してきたため,これらに対応して1989年には,国際親族法および総則の部分が,ついに改正される運びとなった。婚姻関係では夫,親子関係では父親,これを中心とする規律方法は両性の平等あるいは子の保護という現代の基本理念に必ずしも適合しないという判断の下に,夫の本国法主義・父親の本国法優先主義(旧14~16,20条)は廃され,夫婦同一の本国法・常居所地法・夫婦に共通の密接関係地法・子の本国法・常居所地法を規準とする政策が採用されるにいたったのである(新14~16,21条)。この間,新憲法の理念により合致する政策への転換の試みは持続的に図られており,この方向での努力は,法制審議会国際私法部会小委員会の改正要綱試案として,すでに婚姻の部(1961)と親子の部(1972)が公表されていたのである。このたびの改正にあたっても,ハーグ国際私法会議で採択された近時の諸条約をはじめ,欧州各国の動向,とくにオーストリア(1978),オランダ(1981(離婚)),ドイツ(1986),スイス(1987)の改正法などが参照されたことは,いうまでもない。〈女子に対するあらゆる形態の差別を撤廃するための条約(女子差別撤廃条約)〉(1979)を日本が批准したことも(1985),その推進力となったと考えられよう。もっとも,遺言の方式と扶養義務に関しては,いずれもハーグ国際私法会議で採択された関係条約(遺言の方式-1964,子に対する扶養義務-1956,一般の扶養義務-1973)を日本が批准し(子-1977),特別の法律を制定するなどしているので(遺言-1964,一般-1986),これらについては,すでにその段階で法例は一部改正されていたといえるであろう。また,今回の改正で準拠法選定の規準に〈常居所〉が採り入れられたことは(新14~16,21,28~31条),日本に固有の法律の中では前例のないことであって,特筆に値する。
→国際私法 →国際商法
執筆者:秌場 準一
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法律の適用関係を定める法律。明治31年法律第10号。全34か条で、法律の施行期日(1条)と慣習の法的効力(2条)に関する規定に続き、準拠法(適用される法律)の決定・適用に関する国際私法規定を置いていた。「法の適用に関する通則法」(平成18年法律第78号)が2007年(平成19)1月1日に新たに施行されたが、この新法施行日前に生じた一部の事項についてはなお法例が適用される。
[道垣内正人 2022年4月19日]
明治31年法律第10号の法例に先だち、明治23年法律第97号として同名の法律が制定された。これはフランス法を継受して制定されたものであった。しかし、同時に制定された旧民法をめぐって法典論争が起き、「民法出デテ忠孝亡(ほろ)ブ」と批判されて施行が停止されたのと運命をともにし、旧法例も施行されないままとなった。旧法例は全17か条で、内容上、同国人間の合意の場合、準拠法選択の意思が不明であれば、その本国法を適用すること(5条2項)、故意に行為地を選んで日本法の定める方式に従わない場合は方式上無効とすること(10条)、手続は法廷地法による旨の明示の規定があること(13条)などの点で明治31年法律第10号の法例とは異なるものであった。
[道垣内正人 2022年4月19日]
法例ということばは、古代中国の晋(しん)(265~420)において、法典全部に通ずる例則、その適用関係についての通則として、「法例律」という語が用いられていた。中国でもその後このような用法は絶えていたが、明治期の日本の立法者がこれに倣い、明治13年の刑法第1編第1章を「法例」と題したことにより、法律の適用関係を定める規則をさす用語として復活した。その後の刑法(明治40年法律第45号)でも第1編第1章は法例と題されていたが、平成7年法律第91号による改正により、現在では「通則」ということばに置き換えられている。また、商法(明治32年法律第48号)でも適用関係を定める第1編第1章は「法例」と題されていたが、平成17年法律第87号による改正により「通則」となっている。
[道垣内正人 2022年4月19日]
『穂積陳重著『法窓夜話』(1916・有斐閣/岩波文庫)』
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【国際私法としての国際商法】
国際的な民商事関係に関する争いが発生した場合,例えば外国人の夫に対し日本人妻が離婚の請求をするとか,日本の会社が輸入代金の支払に関して日本の裁判所に訴えられたような場合,現在の法統一の状況ではその問題に関する国際的に統一された民商法が存在しないのが通常であり,したがって裁判所は,関連ある国の民商法のうち,妥当とされるいずれかの国の法(これを準拠法という)を選択し,これを基準として判決を下すという方法を採るのが原則である。このような外国的要素が含まれる民商事の法律関係に関して,いずれの国の法を準拠法とすべきかを定める法を分類上国際私法というが,日本では,〈法例〉(1898)という法律の3条以下が国際私法に関する基本的な規定である。しかしながら,ヨーロッパ大陸法系の国では,1807年のフランス商法や61年の普通ドイツ商法などに見られるように,私法関係につき,民法典とは別に商法典を制定することが多いため,渉外私法関係のうち,商法典の規定の対象である法律関係の準拠法決定のための国際私法を,特に国際商法と呼ぶことがある。…
※「法例」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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