日本大百科全書(ニッポニカ)「準拠法」の解説
準拠法
じゅんきょほう
applicable law
governing law
ある事項に適用され、その事項を規律する法。国際私法により連結点(特定の地の法律を導き出すことのできる場所的要素。連結素ともいう)を介して指定される地の法のことをいう。現在の国際私法の考え方によれば、最密接関係地の法を準拠法とするのが原則とされる。たとえば、相続について、被相続人の本国という連結点を介して、本国法が準拠法として適用されることになる(「法の適用に関する通則法」36条)。単位法律関係(契約、不法行為、離婚など、同じ連結点を用いて最密接関係地を定めるべき法的問題のグループ)ごとに準拠法が定められているので、契約の準拠法、不法行為の準拠法、離婚の準拠法といった言い方がされる。なお、最密接関係地法を準拠法とするということは、類型的な立法上の判断であって、個々の場合において準拠法とされる法律がつねに具体的な事案において最密接関係地法であるとは限らない。たとえば、祖父の代に移民し、祖父の有していた国籍をそのまま維持しているため本国はその国であるものの、もはや本国との結び付きがきわめて薄くなり、常居所地国との関係が深くなっている人についても、その相続については本国法が準拠法として適用される。
国際私法が法の適用関係を規律する間接規範とよばれるのに対して、準拠法は権利義務や法律関係を規律する直接規範である。また、国際私法が抵触法とよばれるのに対して、準拠法は実質法であって、準拠実質法という言い方をすることもある。ただし、準拠法として指定された法は一国の法律全体であって、そのなかにはその国の国際私法も含まれる、との考え方もあり(総括指定説)、これが反致主義(たとえば、A国の国際私法の規定によればB国法が準拠法となる場合に、そのB国の国際私法の規定によればA国またはC国の法律によるとされるとき、A国またはC国の法律を最終的な準拠法とする主義。日本では「法の適用に関する通則法」41条により、通常の規則により定まる準拠法の所属国の国際私法によれば日本法が準拠法となる場合に日本法を適用することだけを定めている)の根拠の一つとなっている。しかし、法の適用関係を定める国際私法の役割から考えて、外国の国際私法を適用するということに理論上の根拠はないとの批判がされている。
外国法が準拠法とされる場合、現実の裁判においてはその内容がよくわからないという事態が生ずることがある。日本では、準拠法の内容の確定は裁判所の職務であって、内容がわからないからという理由で請求を棄却することは許されない。そこで、準拠外国法の内容調査が必要となる。学説上、もっとも近似した内容の他国の法律によるべきであるとの議論があるが、これは法内容の類似性についての一定の情報がある場合にしか使えない方法である。そこで、収集できた情報によっても内容を推認できない場合には日本法を適用するほかないという見解が有力であり、そのように処理する裁判例が多い。
準拠法として適用されるのは、連結点により指定された一国の法制度全体のなかの一部であり、それがどの範囲の法なのかが問題となる。たとえば、「不法行為」の準拠法が決定された場合、被害者が損害を受けた物の所有権を有していたのかといった不法行為責任の前提となる問題についても、同じ不法行為の準拠法を適用するのかどうかといった問題である。一国の法は相互に関連しているので、関連する事項についても一つの準拠法を適用することが整合的な結果をもたらすとの見解もあるが、国際私法が単位法律関係ごとに準拠法を定めるという構造を基本としている以上、物の所有権に関する問題は「物権」という単位法律関係に属することから、これについてはあくまでもその物の所在地法によるべきであって、不法行為についての準拠法にはよるべきではない。このように、ある問題について準拠法とされた場合に適用されることになるルールの範囲のことを「送致範囲」という。つまり、不法行為についての準拠法とされる地への送致範囲は、その法のなかで不法行為の成立および効力に関して定めているルールに限られ、物権に関するルールは含まないということである。
[道垣内正人 2022年4月19日]