たとえばA,B間で売買がなされたとき,Aには代金請求権と目的物引渡義務,Bには目的物引渡請求権と代金支払義務など,その当事者間に法律上の権利義務が発生するが,法律行為は,このような法律上の権利義務の変動すなわち発生,変更,消滅を基礎づけるための一つの要件で,それは,〈行為者が欲したとおりの法律効果を生ぜしめる〉ものである。すなわち,法律行為は,1個または数個の意思表示を不可欠の要素として成立し,その意思表示の内容に従って法律上の効果を生じさせるものである。公法上・国際法上も問題とされるが,主として問題になるのは私法の領域においてである。
法律行為概念は,西ヨーロッパ法律学における演繹的・体系的方法論の産物として,私法上の権利義務の変動を論理的・演繹的・体系的に説明するための高次の抽象概念として形成され,その後,意思表示の概念との結合により,意思によって,権利義務の発生,変更,消滅を規定するという技術概念にまで高められたものである。また,このような法律行為概念の形成の社会的基礎は,近代の私有財産制の成立,発達に対応するものであるといわれている。すなわち,現代の社会では,私的所有権にみられるように,すべての財産権は,原則としてその権利者の意思の支配に服するものとされており,このような財産制度の基礎の上に立つ法律関係は,すべてその主体者の個人的な意思によって形成されることに対応して,法律行為の効力の根拠も個人の意思にあるものと観念されることになるからである。
ところで,私法上の権利義務の変動を基礎づけるものとして,このような法律行為の概念を確立したのは,ドイツ法学においてである。それは,サビニーによって一応の完成をみ,19世紀の後半から20世紀初頭にかけて,普遍化と体系化が行われた。そして,ドイツ法系の国々では,これが承継されている。日本でも,法律行為を私法上の権利義務の変動を基礎づける中心的概念として承継している。しかし,英米法系では権利義務の変動を基礎づけるものとして〈関係〉理論によっている。それは,当事者個人の意思を離れて,当事者のおかれた〈関係〉に基づいて権利義務を課するものである。この意味で,法律行為の概念は,ドイツ法系の私法理論の範囲において,重要な法律概念であるにすぎない。
この法律行為は,人は自由な意思によって権利義務関係をみずから決定できるとする〈私的自治の原則〉というイデオロギーを前提とするものである。このことから,〈法律行為自由の原則〉が支配することになる。具体的には,法律行為の一類型である〈契約自由の原則〉や遺言の自由,あるいは法人設立の自由などとなって現れる。
法律行為の効力は,意思が存在しない場合(心裡(しんり)留保,錯誤,虚偽表示の場合)には無効,意思に瑕疵(かし)ある場合(詐欺,強迫の場合)には取消可能,意思が完全である場合には有効,意思が合致すると契約の効力が生ずるというように意思との関連で統一的に決定されるよう体系づけられている。もっとも,法律は,意思が完全である場合でも,その意思内容どおりの法律効果を認めることが公序良俗ないし強行法規に反するという場合には,法律行為を無効として効果の発生を否定する。そこに,〈法律行為自由の原則〉の制限がみられる。
法律行為という観念に基づいて権利義務の変動を把握していこうとする思考にも,〈意思〉に権利義務の変動の基礎としての意味を持たせようとする理論(意思主義的法律行為)と,個人の心理的意思が法律効果を生ずる主権者だという観念をすてて,表示行為を本体としてこれを純粋に客観的に観察して権利義務の変動の基礎としての意味を持たせようとする理論(表示主義的法律行為)がある。そして,後者の考えによるのが一般的である。さらに今日では,個人の意思に基づいて行われた行為もそれが権利義務の変動を生じさせるのは法律がそれを承認するからで,それゆえ権利義務の変動の基礎は法秩序であると考え,法律行為から離れようとするものや,私法上の権利義務の変動を基礎づけるための理論として法律行為概念では実益性がないとしてそれに代わる新たな法技術の形成が必要であるともいわれている。ただ,一方で,自己の意思に従った個人による法律関係の自己形成は法秩序に先行するものであるとして,〈意思〉の強調,〈私的自治の原則〉への回復が主張されている。
これは,人間の尊厳,個人人格の自由という価値は20世紀後半においてますます重要な価値として承認され,法秩序によって尊重されなければならないし,それは深く人間の本質に根ざすものであるとの考えから主張されたものである。それは,私法において,法的安定性を重視し,取引の安全をはかるという思考のもとで人間性が失われていったのに対して,その回復の要請にこたえるものである。しかし,ここで強調され,法律行為の効果発生の基礎にしようとするところの〈意思〉は,表示行為とは別個のものであるとともに,人間の行動の原因となる〈動機〉とも区別され切り離されたものである。そこで,このことからすると,真に人間性の回復を目ざすのであれば,人間の行動の原因となる〈動機〉をも含めたところの意思,いわゆる〈真意〉を法律行為の中核にすえて権利義務の変動の基礎として位置づけることが必要であるともいえる。
法律行為は,意思表示を要素として成立するが,このほかに当事者および目的が存在しなければならない。ところで,法律行為は意思表示だけで成立する場合もあるが,意思表示のほかに目的物の授受(民法587,593条)や主務官庁の許可(34条)のように他の法律事実を必要とする場合もある。そして,法律行為がその意思表示の内容に応じた権利義務の変動の効果が生ずるためには,当事者は権利能力,意思能力,行為能力を有しており,目的についてはそれが確定し,その実現が可能であり,適法かつ社会的に妥当なものでなければならないし,意思表示については意思と表示が一致し,瑕疵のないものでなければならない。また,その効力は,原則として成立と同時に発生しそれに伴って権利義務の変動が生ずるが,条件ないし期限のような効力発生の時期を左右する付款がついているときはそれに従うことになる。
法律行為は種々な標準によって種類わけが行われる。意思表示の態様によって,1人1個の意思表示で成立するものは単独行為,同方向の2個以上の意思表示の合致によって成立するものは合同行為,対立する2個以上の意思表示の合致によって成立するものは契約である。意思表示の形式として,例えば書面の作成を必要とするのが要式行為,一定の形式を必要としないのが不要式行為で,後者が原則である。行為者の死亡によって効力の生ずる遺言や死因贈与は死後行為または死因行為で,その他の行為が生前行為である。発生する効果の種類によって,例えば贈与,売買,賃貸借契約のように一定の給付を請求できる債権を発生させるのが債権行為,所有権移転・抵当権設定のように物権の変動を生じさせるのが物権行為,債権譲渡・債務免除・無体財産権譲渡などのように物権以外の権利の処分の効果を生じさせるのが準物権行為で,後2者を処分行為ともいう。財産の出捐(しゆつえん)を目的とする行為がその原因と不可分であるかどうかにより,原因関係に影響されるものが有因行為で,手形行為のように影響されないのが無因行為である。財産の給付に対価を伴うかどうかで,売買・賃貸借のように対価を伴うのが有償行為で,贈与・使用貸借のように対価を伴わないのが無償行為である。
執筆者:伊藤 進
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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法律行為は、人が一定の効果を欲してなす行為であって、法律がその効果の実現に助力してくれるものをいう。このような法律行為は、個人の自由な意思によってなされなければならないものとされており、これを法律行為自由の原則という。個人の法律関係は、個人自ら欲するところに従ってこれを決定するというのが合目的であるとする私的自治の原則が、法律行為に現れたものとみられる。法律行為は、意思表示を不可欠の要素とするが、この意思表示の数および方向によって法律行為を分類すると、次のようになる。
(1)単独行為 一個の意思表示で有効に成立する法律行為。これには、債務免除などのように相手方のあるものと、遺言などのように相手方のないものとがある。
(2)契約 方向を異にし、内容を同じくする2個以上の意思表示の合致によって成立する法律行為(たとえば、売買や賃貸借など)。契約は、広義では債権契約、物権契約、身分法上の契約なども含むが、一般的には狭義において、債権契約のみを契約ということが多い。
(3)合同行為 内容と方向を同じくする2個以上の意思表示の合致して成立する法律行為(たとえば、社団法人の設立行為など)。
[竹内俊雄]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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