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定海 じょうかい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

定海 じょうかい

1074-1149 平安時代後期の僧。
延久6年1月3日生まれ。源顕房の子。真言宗。醍醐(だいご)寺の義範の弟子となり,同寺三宝院の勝覚(しょうかく)より灌頂(かんじょう)をうける。範俊(はんじゅん)らから小野流をまなび,三宝院流をひらく。保延(ほうえん)4年大僧正。この間,醍醐寺座主(ざす),東大寺別当,東寺長者をつとめた。三宝院大僧正,上生僧正とよばれた。久安5年4月12日死去。76歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

定海

没年:久安5.4.12(1149.5.20)
生年:承保1.1.3(1074.2.1)
平安後期の真言宗の僧。右大臣源顕房の子。母は美濃守藤原良任の娘。醍醐寺座主勝覚の弟子で,永久4(1116)年に醍醐寺座主となる。勝覚の三宝院に灌頂堂(灌頂院)を建てて鳥羽院の御願に寄進,結縁灌頂を始めるなど,三宝院を中心に寺内の機構を整え,醍醐寺の隆盛期を築いた。天承1(1131)年には藤原忠通の推挙によって,崇徳天皇の護持僧となり,鳥羽院や待賢門院のための修法も多く勤めた。東大寺別当・東寺長者を兼ね,大僧正に上る。<参考文献>『醍醐雑事記』,稲垣栄三編『醍醐寺の密教と社会』

(土谷恵)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

定海
ていかい / ティンハイ

中国、浙江(せっこう)省東端にある舟山(しゅうざん)市の市轄区。舟山群島の舟山島を中心に89の島からなる。人口36万3534(2000)。唐代に翁山(おうざん)県が設置され、明(みん)代に定海衛となり、清(しん)代初めに定海県が置かれた。のち直隷庁に改められたが1912年ふたたび県に復した。海防上の要衝として古くから重視されてきたが、アヘン戦争の際イギリス海軍に占領されたこともある。87年、普陀(ふだ)県と合併し舟山市として市制施行、その市轄区となった。米、サツマイモなど農業が生業であるが、付近の海域は中国有数の漁場で、タチウオ、アイナメ、イカ、クラゲなどの漁獲が多い。また解放後、製塩業の発展が著しい。[林 和生]

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