日本大百科全書(ニッポニカ) 「クラゲ」の意味・わかりやすい解説
クラゲ
くらげ / 水母
jellyfish
medusa
腔腸(こうちょう)動物門の刺胞(しほう)類および有櫛(ゆうしつ)動物門のうち、傘形あるいは鐘形でほぼ透明、体のほとんどが寒天質よりなり、浮遊生活を送っている無脊椎(むせきつい)動物の総称。クラゲはごくわずかの例外を除いて海産であり、沿岸にまた外洋に、その水表面近くに広くみられる。クラゲには肉眼で見えるほどの大きさのものばかりでなく、傘の直径1、2ミリメートルという小形のものも多く、それらはプランクトンとしてきわめて普通にみいだされる。後に述べるように、クラゲには人間を刺すものがあり、また一方で東洋では食用に供されることもあるので、人間にとっては比較的なじみの深い動物といえる。
[山田真弓]
形態
クラゲの体は一般に傘状ないし鐘状であるが、その下面中央から口柄(こうへい)とよぶ突起が伸びていることが多く、その先端に口が開いている。口は簡単な一つの開口にすぎないこともあるが、その周囲に唇状の突起あるいは小触手といったものがいくつかみられることがあり、また口腕(こうわん)とよばれる長い腕状のものが発達して垂れ下がっていることもある。ハチクラゲ綱に属する根口(ねくち)クラゲ類(ビゼンクラゲ、タコクラゲなど)では口はきわめて多数の微小の開口に細分されている。口は胃腔に続いている。この胃腔はヒドロ虫綱のクラゲでは簡単な一つの腔所にすぎないが、ハチクラゲ綱では四つの縦の隔膜で胃腔は仕切られており、またこの胃腔の中に胃糸とよばれる特殊な糸状のものが群をなして生じている。クラゲの胃腔からは傘の周縁へ向かって放射状に水管が伸びている。この放射管は少ない場合は4本、多いときには100本以上に及び、またこれら放射管は何度も分岐することがある。それぞれの放射管は傘の周縁で一つの環状管と連結している。口から取り入れられた食物はおもに胃腔で消化され、その栄養物はこれら放射管、環状管を通じて体の各所へ運ばれる。体の組織は、体の外表を覆う外皮と、胃腔や管系の内壁である内皮との二つの細胞層と、その中間にある寒天質組織である中膠(ちゅうこう)との3層からできている。この外皮の組織からは筋肉繊維がつくられ、傘の下面、口柄、口腕、触手などの上に存在する。傘の下面の筋肉は放射状と環状の二つの群をつくって並んでおり、これらの筋肉はクラゲの遊泳のために用いられる。また、外皮からは神経細胞がつくられるが、それらは外皮の下に広く網目状に分布しており、とくに神経節をつくるようなことはない。中膠は、本来、非細胞性のものであるが、その中には種々の細胞が移入して広く散在している。クラゲの傘縁には触手がみられることが多い。触手は1、2本の場合もあるが、多いものでは数百本に達する。これら触手上には普通多くの刺胞がみられ、それによって餌(えさ)をとらえたり、また外敵を攻撃したりする。また、クラゲの傘縁には眼点、平衡器などの感覚器が存在している。
クシクラゲ類の形態は前記のようなヒドロ虫綱やハチクラゲ綱のクラゲと共通の点も多いが、またかなり異なってもいる。クシクラゲ類では形がさまざまな二放射相称を示し、その体表上に繊毛が集まって生じた8列の櫛板がある。口は下方に開き、そこから胃腔に続き、さらに上に伸びて漏斗管(ろうとかん)となり、それは体の周辺を縦に走る8本の子午管(しごかん)に連絡している。また、クシクラゲ類には刺胞がみられない。
[山田真弓]
生活史・生殖
クラゲは一般に出芽や分裂などの無性生殖によって、そのポリプから生ずる。一方、そのポリプは有性生殖によってそのクラゲから生ずる。このようなクラゲとポリプとの両世代による世代交代は、ミズクラゲの例でよく知られている。ミズクラゲのポリプは海中の岩石などの上に付着して生活しているが、このポリプの体に、あるときに横の溝がいくつか生じ、その先端のほうから一つずつその溝の部分から分離していく。そのような時期のポリプをストロビラ、また遊離したものをエフィラとよんでいる。エフィラは八つの腕を放射状にもった扁平(へんぺい)な花びらのようなもので、ミズクラゲの成体とは大きさも形もきわめて異なっているが、海中を浮遊しながら餌をとってしだいに成体へと成長していく。一般に成体のクラゲには雄か雌かどちらかの生殖腺(せん)が発達し、受精した卵は卵割を経て胞胚(ほうはい)、さらに嚢胚(のうはい)となり、やがてプラヌラとよばれる小さな幼生となり、このプラヌラがしばらく浮遊したのちに底に沈んで岩石その他に付着して小さなポリプとなるのである。ほかのクラゲでもこのような生活史をもっているものが多いが、ヒドロクラゲ類のなかには硬(かた)クラゲ類やクダクラゲ(管クラゲ)類のようにポリプの世代をもたないものがあり、そのようなものでは、クラゲの有性生殖によって生じたプラヌラ幼生は、そのまま変態をして直接に幼クラゲとなる。
クラゲの一生の長さは、短いものではわずか数時間にすぎないものから、長いものでは1年以上に達するものまで、種類によってさまざまである。ヒドロクラゲ類やハチクラゲ類では一般に雌雄異体であるが、クシクラゲ類ではつねに雌雄同体である。ヒドロクラゲ類では生殖細胞は外皮より生じ、生殖腺は口柄の側方か放射管の下に生ずるが、ハチクラゲ類では内皮から生じ、一般に胃腔内のくぼみに生ずる。また、クシクラゲ類では受精した卵は直接に櫛板をもった幼生となり、幼生はやがてポリプを経ずに幼クラゲとなっていく。
[山田真弓]
生態・生理
クラゲはそのほとんどが海産で、世界の海に広く分布している。きわめて少数のものが淡水および汽水産として知られているにすぎない。海産のクラゲの多くは内湾や沿岸の深さ数メートルまでの浅海にすむが、ヒドロクラゲ類の硬クラゲ類はとくに外洋に多くみられ、またハチクラゲ類の冠(かんむり)クラゲ類の多くは数百メートル以上の深海にすむ。前述のようにクラゲの多くのものにはその生活史のなかに付着性のポリプの世代がみられるが、クラゲが一般に浅海にきわめて多いのは、そこがクラゲにとってもポリプにとっても餌が豊富であることと関係していると思われる。
クラゲは一般に水中を自由に遊泳するが、いくつかの例外もある。ヒドロクラゲ類のエダアシクラゲやイザリクラゲでは、その触手上に特別の刺胞瘤(しほうりゅう)をもち、海岸のアマモなどの海草の上をはって生活している。また、南方の海に産するハチクラゲ類のサカサクラゲのように、海底に上下反対になって、沈んでいるものもある。このような種類でも多少は遊泳できるが、大部分の時間は底にいて生活しているものと思われる。また、ハチクラゲ類の十文字クラゲ類はほかのクラゲ類とは異なって完全に付着性である。浅海の海藻などに柄で付着しており、外観もまたその行動も、クラゲよりはポリプに似ている。ヒドロクラゲ類のクダクラゲ類は、普通のクラゲの生活とはまた異なっている。クダクラゲ類は個々の個体が無性生殖によっても離れずに群体をつくったものと考えられており、さまざまな形をした個体が集まって特異な形の群体を形成している。クダクラゲ類もその生活史のなかに付着性のポリプの時期をもたない。
クラゲの遊泳は傘の下にある筋肉の規則的な収縮によって行われる。この筋肉の収縮は傘の縁にある感覚器と互いに関連しており、これには相称的な収縮と非相称的な収縮とがあり、前者の場合は放射筋と環状筋の両方が同時に収縮し、傘の中の水を下方に押し出すことによって上方へ進む。また、体の一部が刺激された場合には非相称的な収縮がおこり、一部の筋肉のみが収縮するだけである。これら筋肉の収縮をおこし、また押さえるのには平衡器が関係している。もし傘縁の平衡器を取り除いてしまうと、このような反応はおきない。
クラゲは一般にその触手を使って餌を捕食するが、この場合には触手の上の刺胞をそのために役だてている。クラゲは一般に肉食であり、かなりの大形の生きた動物でも刺胞によって瞬時に麻痺(まひ)させ、口を大きく開いてそれを飲み込む。ただし、ハチクラゲ類の根口クラゲ類では、水流とともに運ばれてくる水中の小さな有機物を多数の微小な口から取り入れている。餌は口から胃腔に取り入れられると、そこでタンパク消化酵素でだいたい消化され、それらは放射管や環状管などを通って体各部へ運ばれるが、最終的には胃腔およびこれら管系を縁どる内皮細胞内に直接取り込まれ、そこで細胞内消化が行われる。
クラゲは呼吸、排出、循環などのための特別な器官をもっていない。放射管や環状管などの管系が、消化のほかにそのような機能も果たしていると思われる。また、ある種のクラゲでは、放射管の上に、傘の上に通ずる小孔が開いているものがあり、これは排出に関係あるものと考えられている。
人間がクラゲに触れて刺されることはよく知られている。刺されてかゆくなったり痛みを感じるのはクラゲの刺胞のもっている刺胞毒によるためである。刺胞はクシクラゲ類を除くすべての腔腸動物にみられる微小の構造物で、これはクラゲにとっては唯一の武器であり、種々の刺激によって刺胞内部の糸状の管が発射されて、中の毒液が相手動物の組織内に注入される。この毒の種類や強さはクラゲの種類によって異なり、人間が触れてもまったく痛みを感じないものも多い。
クダクラゲ類のカツオノエボシ(俗に電気クラゲという)は世界に広く分布し、日本でも外国でも刺胞毒の強いクラゲとして有名であるが、またハチクラゲ類の立方クラゲ(りっぽうくらげ)類も一般に毒が強く、南太平洋では人間を死に至らしめるものもある。このようなクラゲが荒波にもまれてちぎれたり、また岸に打ち上げられたりしても、かなりの間その刺胞は生きたまま残り、そのためそのようなクラゲの破片に触れても同様の強い痛みを受ける。
クラゲはしばしば他の生物と共生することがある。強い刺胞毒をもった前述のカツオノエボシの体の下にはエボシダイがすんでいるが、エボシダイはクラゲの刺胞毒には免疫があり、この両者は互いに餌を分け合っているものと思われる。ハチクラゲ類のオキクラゲの傘上にはエボシガイが付着していることがあり、甲殻類のクラゲノミとかカニの幼生などが、ある種のクラゲの体表上に生活していることもある。また、おもにハチクラゲ類の根口クラゲ類のクラゲでは、その組織の中に単細胞藻類が含まれていることがある。このクラゲは、それらの藻類の光合成によって栄養を得ているものと思われる。
クラゲは一般に人間生活には関係の少ない動物である。しかし、その害としては、前述の刺胞毒のほかに、沿岸の火力発電所などの冷却水の取り入れ口に多数の大形クラゲ(日本ではおもにミズクラゲ)の個体が押し寄せ、そのため水の取り入れ口が詰まってしまい、ときには発電所の運転が不能になってしまうことがある。また近年は大型クラゲであるエチゼンクラゲが多数出現する頻度が増えてきており、深刻な漁業被害をもたらしている。
一方、クラゲの利用法としては、東洋では古くより食用に供せられている。食用クラゲはおもにハチクラゲ類のビゼンクラゲなどで、捕獲したクラゲを塩とミョウバンの液につけて脱水、防腐、凝固を行い、さらに漂白脱色などをしたのちに、市場に出荷される。
[山田真弓]
種類
クラゲは分類学的には、ヒドロクラゲ綱、ハチクラゲ綱、クシクラゲ綱に3大別される。
ヒドロクラゲ類は、形がおもに鐘状で眼点をもつ花クラゲ類(エダアシクラゲ、イザリクラゲ、エダクラゲ、カミクラゲなど)、おもに低い傘状で平衡器をもつ軟(やわら)クラゲ類(オベリアクラゲ、オワンクラゲなど)、淡水、汽水、また海藻の間などにすむ淡水クラゲ類(マミズクラゲ、カギノテクラゲ、ハナガサクラゲなど)、ポリプの時期を欠き外洋性の硬(かた)クラゲ類(カラカサクラゲ、ツリガネクラゲなど)、群体を形成するクダクラゲ類(ヨウラククラゲ、ボウズニラ、カツオノエボシ、ギンカクラゲなど)などに分けられる。
ハチクラゲ類としては、付着生活をする十文字クラゲ類(アサガオクラゲ、ジュウモンジクラゲなど)、体が立方形の立方(りっぽう)クラゲ類(アンドンクラゲ、ヒクラゲなど)、おもに深海にすむ冠クラゲ類(クロカムリクラゲ、エフィラクラゲなど)、一般に扁平(へんぺい)な傘をもつ比較的大形の旗口(はたくち)クラゲ類(ミズクラゲ、アカクラゲ、ユウレイクラゲ、オキクラゲなど)、それに傘が半球状で口が多数の微小な口となっている比較的大形の根口(ねくち)クラゲ類(ビゼンクラゲ、エチゼンクラゲなど)がある。
クシクラゲ類は有触手類と無触手類とに分けられ、有触手類としてはフウセンクラゲ、カブトクラゲ、コトクラゲなど、また無触手類にはウリクラゲが普通にみられる。
[山田真弓]
食品
クラゲのなかで食用にできるものとしてはビゼンクラゲが代表的である。このクラゲは、瀬戸内海から九州沿岸にかけてとれ、傘が深く、直径は30~60センチメートルとかなり大きいものである。傘は寒天質が厚く堅い。江戸時代に岡山から毎年幕府へ送られたという記録があり、このころすでに重要な食料の一つであったものと思われる。また、朝鮮半島や中国沿岸でも食用クラゲがとれ、中国料理にはなくてはならない材料の一つである。
クラゲは、なまのままでは98%が水分で、これを脱水して塩漬けにしたものを用いる。脱水や塩漬けには、ミョウバンを加えた食塩を用いる。料理に使用するときは、十分に塩抜きをする。細く切って使用するが、酢の物、和(あ)え物などとして味がよく、中国料理では前菜に、和風料理では酒のつまみものなどにされる。こりこりしている口あたりを楽しむ。
[河野友美・大滝 緑]