日本大百科全書(ニッポニカ) 「山水文」の意味・わかりやすい解説
山水文
さんすいもん
風景模様の一種。わが国の美術・工芸品に山水文が現れるのは飛鳥(あすか)時代以後のことで、法隆寺の玉虫厨子(ずし)や橘夫人念持仏(たちばなふじんねんじぶつ)厨子天蓋(てんがい)などに、中国漢代以来の伝統を受け継いだ深山霊峰形式の山水文がみられる。これらは信仰の対象、ないしはそれに準ずるもので、後世蓬莱(ほうらい)文、海賦(かいふ)文などとなって展開するものである。次の奈良時代に入ると、法隆寺献納御物の海磯鏡(かいききょう)や、正倉院の山水きょう纈屏風(きょうけちびょうぶ)、山水金銀泥絵箱などにみられるように、前代様式の片鱗(へんりん)をとどめつつ、しだいに象徴性をなくし、美的な景観に近づこうとする傾向を示す。なかでも正倉院の麻布(まふ)山水には、次の藤原時代に盛んな沢千鳥や磯辺(いそべ)模様などにみられる大和絵(やまとえ)風な山水の萌芽(ほうが)を宿している。近世以降の茶屋(ちゃや)染めや友禅染のなかには、この種の山水の流れをくんだものが多い。また藤原時代以後、染織や蒔絵(まきえ)でも大和絵の影響を受けて、大井川・春日野(かすがの)など各地の名所を描いたものが数多く制作された。こうした名所絵は、しばしば和歌や物語などと結び付いて、情趣的な山水文を生み出した。輪王寺(りんのうじ)の蒔絵手筥(てばこ)(鎌倉時代・重要文化財)や京都国立博物館の塩山蒔絵硯箱(しおのやままきえすずりばこ)(室町時代・重要文化財)などはその代表的な作例である。
[村元雄]