巨然(読み)きょねん(英語表記)Ju-Ran

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「巨然」の解説

巨然
きょねん
Ju-Ran

中国,五代,初の画。鍾陵 (江西省) ,一説江寧 (南京) の人。僧となり南京の開元寺,汴京 (べんけい。開封) の開宝寺などに歴住。董源 (とうげん) の山水画風を受継ぎ,のちには董・と並称された。やや粗放な筆墨法により江南の自然を平明に描いたが,伝記は董・巨が入り交っており確実な現存遺品はない。

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百科事典マイペディア「巨然」の解説

巨然【きょねん】

中国,五代宋初(10世紀初め)の画僧。江西省鍾陵の人。生没年不詳。南京の開元寺で修行,南唐滅亡後【べん】京(べんけい)の開宝寺に移った。江南の自然に即した山水画を描き,師の董源(とうげん)とともに南宗画への道を開いた。
→関連項目王蒙黄公望高克恭呉鎮

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世界大百科事典 第2版「巨然」の解説

きょねん【巨然 Jù Rán】

中国,五代・北宋初めの山水画家。江西鍾陵の人。生没年不詳。出家して江寧(南京)の開元寺で修行し,南唐後主李煜(りいく)が宋にくだったとき,従って汴京(べんけい)(開封)に移り,開宝寺に居した。山水画は董源を師とし,煙嵐の気象や山頂礬頭(ばんとう)を多く描いて,江南の景趣を巧みに写し,後世,董源とともに〈董巨〉と併称された。とくに宋の学士院の北壁に描いた《煙嵐暁景図》は当時,有名であった。伝称作品に《層巌叢樹図》(台北故宮博物院)などがある。

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世界大百科事典内の巨然の言及

【山水画】より

…その軸となったのが山水画であり,山水画の英雄時代を開いた巨匠が華北の荆浩,江南の董源である。彼らは唐末五代の戦乱の中,それぞれの地方性を踏まえた大様式を築きあげ,荆浩に学んだ李成,董源の弟子巨然らが引き続いて北宋における総合の時代を導きだす,先駆としての役割を果たした。この数十年ほどの間に確立した南北の対立と総合の図式,空間構成を重視する華北山水画と造形素材それ自体の効果もあわせて追究する江南山水画の対立と総合の図式が,以後の中国山水画史の展開を規定する基本的な枠組みとなる。…

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