日本歴史地名大系 「引土村」の解説 引土村ひきつちむら 京都府:舞鶴市中筋地区引土村[現在地名]舞鶴市字引土伊佐津(いさづ)村の西、田辺(たなべ)城下から出る京街道の出入口に位置する。愛宕(あたご)山麓に沿う集落の最南端で、出先の耕地を耕す農村。当村の西の山に天狗岩(てんぐいわ)古墳(三基)、南の小丘に古墳四基があって茶臼山(ちやうすやま)古墳とよばれる。茶臼山古墳のある地には、近世初期、長沼小太夫が城を築いていたと伝える。慶長検地郷村帳に高五九五・六石「引土村」とある。土目録では五八九石余と減少、うち田方五三六石余、畑方五三石余。 引土村ひきつちむら 奈良県:吉野郡大塔村引土村[現在地名]大塔村大字引土天(てん)ノ川右岸、清水(しみず)村の北に立地。十二村(じゆうにそん)郷野長瀬(のながせ)組に属する。慶長郷帳では十二村二〇〇石のうちに含まれ、幕府領。延宝検地による村高は五二・七二八石。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報