改訂新版 世界大百科事典 「強制貯金」の意味・わかりやすい解説
強制貯金 (きょうせいちょきん)
使用者が従業員の賃金の一部を天引きして強制的に貯金させ,これを管理しその返還について規制を加える制度。この制度は明治期産業革命により近代企業が発達して以来,保証金,積立金,奨励貯金などの名称で広く行われ,つぎの性質をもっていた。(1)保証金の別称が示すような保証金的性格。これは貯金規則に〈貯蓄者にして故意または同盟罷工若しくは暴挙等により当舎に損害を与え,退舎し又はこれによって退舎せしめた場合に於ては,其の損害の多寡により現在せる貯蓄金の全部若しくは其幾分及既済補助金を損害賠償として当舎に差押え,事理の終局など払渡さざる事あるべし〉と規定しているものがあることにあらわれている。(2)従業員の生活上の不時の事故にたいする準備。この貯金は,本人の退社,本人・家族の死亡・疾病・出産などの事故ある場合のほか引き出せないという規定があり,使用者もこの貯金に補助を与えていることに示されている。(3)従業員の規律維持と足止め策。労働契約期間中本人が不都合な行為により解雇されたり,使用者の許可なしに転職した場合など,全部または一部を没収するなどの規定はこれである。(4)事業資金としての運用。そこで,貯金の没収・倒産・経営悪化による不払などの弊害が起き,このことをめぐって労使紛争・争議行為の発生の原因にもなった。
第2次大戦前にも,政府は1926年工場法施行令24条によりこれを地方長官の許可事項とし,貯金の率,利子,管理方法などを認可事項として規制を加えた。他方,この制度は(2)のように,従業員の不時の事故に対する準備という性格を持っているので,官業や民間大企業では労使双方拠出の共済組合に発展し,とくに官業では社会保障制度の一環として定着した。また,1926-44年の退職積立金及退職手当法は失業保険の代りとしてこの制度を一定規模以上の工場に強制しかつ貯金の保全を図ったものである。第2次大戦後の労働基準法(1947公布)もこの制度を許可事項としたが,健康保険制度,失業保険制度,厚生年金制度が創設され労働組合の組織化も進んだこともあり,その重要性が失われ,52年の改正で労使協定を結び労働基準監督署長に届け出なければならないことになり(労働基準法18条,労働基準規則6条),その性格も任意貯蓄制度の一つである社内預金に変質した。
執筆者:氏原 正治郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報