愛書趣味(読み)あいしょしゅみ(英語表記)bibliophily

改訂新版 世界大百科事典 「愛書趣味」の意味・わかりやすい解説

愛書趣味 (あいしょしゅみ)
bibliophily

この趣味持主愛書家bibliophileと呼び,それが極端に高じた状態をbibliomania,それに取り憑(つ)かれた人間をbibliomaniacといい,愛書狂,書痴などと訳される。読書家と愛書家とは必ずしも重ならない。また多数書物を所有しているからといって,愛書家であるとは限らない。書籍業者の場合も考えられれば,蔵書応接間の飾りか,研究用の必要図書にすぎない場合もある。逆に,経済原則に支配される世の中では,愛書家であっても,わずかの書籍しか持ちえないこともありうる。しばしば混同されやすいが,読書家・蔵書家と愛書家とははっきり区別されねばならない。むろん3者が1人の人間の中で重なる場合も少なくはない。愛書家か否かは,書物収集に〈趣味〉の基準を持ち込むか否かによって決まる。

 本は読めさえすればいい,どんな紙に,どんな印刷をされ,どんな造本をされていようとかまわないという見方が一方にあれば,書物をそれ自体独立した〈もの〉として観賞する,すなわちその外的形態,用紙,印刷,装丁などをめで,その造形的美しさ,希少性,保存程度などに書物の価値基準を置く〈愛書趣味〉の伝統が,洋の東西を問わず,古くから各国にある。この傾向は,他のいかなる諸国よりもフランスにおいてとくに顕著であり,根強く行き渡ってきた。仮綴本で刊行される書物を,購入者がそれぞれお気に入りの製本師に発注して上質革で装わせ,表紙や背に趣味豊かな美しい図柄を施し,心ゆくまで贅(ぜい)を尽くす製本の伝統が古くから続いている。

 16,17世紀以降,印刷,挿絵,製本など,書物製作に関する万般の技術は,フランスにおいて最もめざましい発達を遂げてきた。これらの工芸分野において,先進国ドイツ,イタリアから学んだものをさらにいっそう向上させたのである。文化人の間でも,この方面に対する関心が深く,19世紀末までは,パリで書物関係の本が20冊出版される間に,イギリスにおいてはせいぜい1冊ぐらいにすぎないといわれてきた。名だたる愛書家・書物収集家の中には,フランソア1世,アンリ3世,ルイ14世,ナポレオン1世など歴代国王皇帝,マザラン枢機卿,グロリエJean Grolier,ド・トゥーに代表される高級官僚も数えられる。しかし,フランス大革命勃発とともに,美しく装丁された本を好むというだけで,旧体制の支持者とみなされ身の危険にさらされる時代が訪れ,愛書趣味は暗黒時代を迎える。19世紀に入ると,愛書趣味は庶民階層の手に移り,ノディエ,A.デュマ,アスリノーCharles Asselineau,ピクセレクール,ユザンヌOctav Uzanneなどの文人愛書家が輩出し,その指導のもとに,トゥーブナンJoseph Thouvenin,ボーゾネAntoine Bauzonnetらすぐれた製本師が現れ,製本技術は芸術品の域にまで高められ,またクローゼJean Crozet,テシュネルJacques-Joseph Techenerなど,希書・美本の収集販売に積極的意欲を燃やす書店主も現れ,フランスの古書業界は空前の活況を呈した。

 イギリスにおいても,19世紀末は出版史上画期的時代であった。版元による画一的お仕着せ意匠に甘んじ,造本・装丁の面で永年フランス,ドイツなどに後れを取ってきたイギリスの出版物は,この時期に至ってめざましい飛躍を遂げる。この近代〈ルネサンス〉の原動力は,W.モリスのケルムスコット・プレスを筆頭にダブズ・プレスDoves Press,アシェンデン・プレスAshendene Pressなどに代表されるイギリス独特の出版形態プライベート・プレスprivate pressの出現である。特漉紙刷り,ベラム装を基準にする彼らの刊本は,従来の刊行物に比べて格段に美しく,書物における一つの理想を目ざした姿ではあった。しかし高価な少部数限定本という制約によって,一般版元が範としうる可能性を超えたものであった。モリスの理想にのっとりつつも,同時に一般読書人にも手の届く廉価な書物を提供するという困難な作業に取り組み,みごとな成果をおさめた商業出版人の登場こそ,むしろこの時代の画期的特徴といえる。こうした出版人を代表するのが,マシューズElkin Mathews,レーンJohn Laneらである。彼らによって刊行された,O.ワイルドの諸作をはじめ,ビアボーム,ダウソン,L.P.ジョンソンらの作品を眺めれば,ビクトリア朝中期の単調で無個性な装丁との差は驚くばかりに歴然としている。ビアズリー,リケッツCharles Rickettsに代表される当時のすぐれた画家たちによる斬新な箔押装丁模様と,読みやすい版面のくふうは,その価格の低廉とあいまって,商業出版の一つの理想に近い姿を示している。

 その後,第1次大戦中は,世界的に,紙資材不足に基づく粗末な造本がはんらんした。しかし終戦と同時に,反動としての豪華本に対する要求が高まり,とくにフランスにおいてすぐれた挿絵画家,製本家が輩出し,1920年代に至って〈美しい書物〉の黄金時代を迎える。やがて30年代の不況期,プロレタリア文学時代の到来とともに,この風潮は衰退するが,第2次大戦後に再び小規模ながら復活のきざしを示すようになり,愛書趣味の伝統は,絶えることなく今日に至っている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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