ケルムスコット・プレス(読み)けるむすこっとぷれす(英語表記)Kelmscott Press

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ケルムスコット・プレス」の意味・わかりやすい解説

ケルムスコット・プレス
けるむすこっとぷれす
Kelmscott Press

イギリス詩人・画家・社会思想家でもあったウィリアム・モリスが、ハマースミスに開設し、バン・ジョーンズらの協力を得て、1891年以降その死の2年後の98年までに、53部66巻の刊本を出版した私家版刊行書局。

 彼の書局設立の趣意書にいう「理想の書物」とは、すでに産業資本主義の弊害が俗悪な書物の形態で流通していた時代に、手造りで制作され、働くことに喜びをみいだす民衆に、かならずしも高価ではない価格で提供する「なによりも美しく読みやすく心の糧(かて)となる書物」を意味した。装丁のベラム革、用紙の手漉(てす)き紙、装画活字書体、また三色刷りのインキなどに、空前絶後苦心を凝らす装本を完成し、世界の造本の典型となった理由もそこにあった。今日においても、代表作『チョーサー著作集』を含め全刊本の表紙に背文字の金のほかはいっさい華美な装飾を用いない、極限に清楚(せいそ)な装本に込められたモリスの造本への配慮を探ることは、現在とくに重要な意味をもつといえよう。

[関川左木夫]

『関川左木夫他著『ケルムスコット・プレス図録』(1982・雄松堂書店)』

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改訂新版 世界大百科事典 「ケルムスコット・プレス」の意味・わかりやすい解説

ケルムスコット・プレス
Kelmscott Press

W.モリスのはじめた印刷工房で,名称は彼のオックスフォード近郊の別荘の名にちなむ。1891年設立,モリスの死後2年を経た98年まで存続し,その間に53部65巻の書物を出版した。中世手工業を理想とするモリスの芸術活動の一環をなすもので,中世の写本装飾ルネサンスの書物に多くを学んでおり,見開きの状態での紙面構成,黒インキを鮮明に写す手漉(てすき)紙の使用,モリス自身による二つの字体と644のイニシャル,およびオーナメントの考案等,近世の私家本製本の歴史に重要な貢献をした。活字にはローマ字体の変形〈ゴールデン・タイプ〉,ゴシック体の変形〈トロイ・タイプ〉およびそれを縮小した〈チョーサー・タイプ〉があり,その名称はおのおの《黄金伝説》《トロイ歴史集》《チョーサー著作集》のために作られたことに由来する。挿絵のほとんどは,バーン・ジョーンズによって描かれた。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ケルムスコット・プレス」の意味・わかりやすい解説

ケルムスコット・プレス
Kelmscott Press

イギリスの工芸美術家,詩人,思想家の W.モリスが 1890年に創設した出版社。チョーサー作品集,キャクストンの『黄金伝説』をはじめ,モリス自身の著作など五十数点の書物を,モリスがデザインしたローマン・ゴールデン,ゴシック・トロイの活字を使用して印刷出版した。

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世界大百科事典(旧版)内のケルムスコット・プレスの言及

【愛書趣味】より

…版元による画一的お仕着せ意匠に甘んじ,造本・装丁の面で永年フランス,ドイツなどに後れを取ってきたイギリスの出版物は,この時期に至ってめざましい飛躍を遂げる。この近代〈ルネサンス〉の原動力は,W.モリスのケルムスコット・プレスを筆頭にダブズ・プレスDoves Press,アシェンデン・プレスAshendene Pressなどに代表されるイギリス独特の出版形態プライベート・プレスprivate pressの出現である。特漉紙刷り,ベラム装を基準にする彼らの刊本は,従来の刊行物に比べて格段に美しく,書物における一つの理想を目ざした姿ではあった。…

【プライベート・プレス】より

…すなわち,プライベート・プレスは多くの場合,商業印刷のように営利を目的とせず,小さな印刷工房をもち,みずから出版すべき本を選定し,発行部数を限定,活字は工房特定の書体のものを用い,用紙は特漉の手漉紙を使用,組版は手組み,印刷はハンドプレスによる手刷り,装丁・製本等も材料ともども特殊入念なものとすることをたてまえとする。 19世紀末から20世紀初期にかけてイギリスで活躍したW.モリス主宰のケルムスコット・プレス,およびコブデン・サンダーソンThomas J.Cobden‐Sanderson(1840‐1922)のダブズ・プレスDoves Press,ホーンビーC.H.St.John Hornby(1868‐1933)のアシェンデン・プレスAshenden Pressの三つは三大プライベート・プレスとして挙げられる。19世紀のイギリスでは産業革命の進行とともに,それまで培われてきた手工業はしだいに圧迫されていった。…

※「ケルムスコット・プレス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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