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慧超 えちょうHyech'o

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

慧超
えちょう
Hyech'o

[生]聖徳王3(704)
[没]?
朝鮮,新羅の学僧,旅行家。少年時代に渡唐して在唐のインド人高僧,金剛智 (諡号大弘教三蔵〈だいぐきょうさんぞう〉,中国密教の開祖) に師事し,やがて海路インドにおもむき各地の仏跡をめぐった。帰途は葱嶺 (そうれい。パミール) を越えて安西都護府の所在地,亀茲 (きじ) を経て 727年に唐に帰り再び金剛智に学び,さらに不空に師事した。インドから帰国後中国で 50年余を過したらしいが,その没年や他界の地は明らかでない。彼のインド旅行記『慧超往五天竺国伝 (えちょうおうごてんじくこくでん) 』は 1910年偶然にも P.ペリオ (1878~1945) の敦煌 (とんこう) 探検中,その残巻が発見され,西域研究上重要な史料とされている。

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世界大百科事典 第2版の解説

えちょう【慧超 Hye‐ch‘o】

704‐?
朝鮮,新羅の僧。恵超とも記す。若くして入唐し,719年には金剛智に師事した。やがて海路よりインドにわたり,釈迦の遺跡をたずねた。帰路は中央アジアを経由して,727年,安西都護府(亀茲)に帰った。その後,長安で再び金剛智に師事して訳経に従事するなど,その生涯の大半を唐ですごした。彼の残した旅行記《往五天竺国伝》は,当時のインド,中央アジアの風俗,地理などを知るうえで貴重である。【木村 誠】

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