批判的リアリズム(読み)ひはんてきリアリズム(英語表記)kriticheskii realizm[ロシア]

精選版 日本国語大辞典 「批判的リアリズム」の意味・読み・例文・類語

ひはんてき‐リアリズム【批判的リアリズム】

〘名〙 (kritičjeskij rjealizm の訳語) 文芸上の手法の一つ。社会主義リアリズム立場から、ロシアを含むヨーロッパの一九世紀のリアリズム規定する語。特に一九世紀のロシア文学にあらわれた、ブルジョア階級の家庭的な伝統や宗教的ドグマ法律の規定などにしばられた生活や、現実社会悪を暴露・批判する傾向。歴史的リアリズムともいう。
原子力文学(1954)〈小田切秀雄〉二「一九世紀ロシア批判的リアリズムの作家たちがツァーリズムとの対決に進み出たのとちがって」

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改訂新版 世界大百科事典 「批判的リアリズム」の意味・わかりやすい解説

批判的リアリズム (ひはんてきリアリズム)
kriticheskii realizm[ロシア]

1930年代初め,ソ連邦での社会主義リアリズム論の台頭とともに,その対概念としてゴーリキーらによって使われはじめた文芸用語。広義には19~20世紀の写実主義文学全般について用いられ,ディケンズバルザックフローベール,マーク・トウェーン,ドライサーらの文学が社会の矛盾をつき,現実批判の機能を果たしたことが強調された。しかし,批判的リアリズムを方法的自覚にまで高めたのは19世紀ロシア文学であった。そこではゴーゴリツルゲーネフゴンチャロフトルストイ,チェーホフらの文学が,専制政治と農奴制ロシアの否定面をあばいて体制への抗議を呼びさまし,〈余計者〉という独自の文学的形象を生み出した。ベリンスキー,チェルヌイシェフスキーらの批評活動がこれに呼応し,〈現実に判決を下す文学〉というドブロリューボフの言葉はこの方法を要約したものといえる。ただ,この用語は文学の社会性を一面的に強調するうらみがあり,たとえばドストエフスキーの文学には,この方法によっては迫りにくい。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「批判的リアリズム」の意味・わかりやすい解説

批判的リアリズム
ひはんてきリアリズム

ゴーリキーが社会主義リアリズムの対概念として初めて用いた言葉。近代市民社会の成立,自然科学,社会科学の発展を背景としたリアリズムの流れのなかにあるが,フローベールのように客観的,中立的ではなく,「世界の良心」と呼ばれるトルストイのそれのように倫理的であり,個人の直観によって現実の否定面を批判的にえぐる形をとる。 20世紀の文学では,たとえばイギリスの詩人 W.オーウェンの戦争風刺の詩などがそれで,その個人性,恣意性を歴史的,政治的な立場から批判した『破壊的要素』における S.スペンダーは社会主義リアリズムの例となる。これは歴史的には,封建的な資本主義的社会の欠陥や矛盾をつくものとなり,特に 19世紀のロシアで顕著にみられ,プーシキンからドストエフスキー,トルストイらを経てゴーリキーに究極するが,フランスのスタンダール,バルザック,イギリスのディケンズ,ゴールズワージー,アメリカのマーク・トウェーンらもこれに入り,日本でも二葉亭四迷の『浮雲』,島崎藤村の『破戒』,長塚節の『土』,夏目漱石の『明暗』などがあげられよう。社会主義リアリズムのなかに統合される面が多分にあるが,これで処理しきれない面が常に残るところに問題点がある。

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百科事典マイペディア 「批判的リアリズム」の意味・わかりやすい解説

批判的リアリズム【ひはんてきリアリズム】

主に旧ソ連で用いられた,マルクス主義的文学理論の一概念。プロレタリア革命に先立って,国民生活の暗部や矛盾を批判的に描き出した,19世紀ロシアなどの古典作家の創造原則をさす。ゴーゴリの《死せる魂》,ツルゲーネフの《猟人日記》がその例とされる。

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世界大百科事典(旧版)内の批判的リアリズムの言及

【社会主義リアリズム】より

…同規約では,〈社会主義リアリズム〉とは,〈現実をその革命的発展において,真実に,歴史的具体性をもって描く〉方法であり,その際,〈現実の芸術的描写の真実さと歴史的具体性とは,勤労者を社会主義の精神において思想的に改造し教育する課題と結びつかなければならない〉とされた。この定式は,1932年4月,文学団体再編成についての共産党中央委員会決議後,作家同盟準備委員会でのゴーリキー,ルナチャルスキー,キルポーチンValerii Yakovlevich Kirpotin(1898‐1980),ファジェーエフらの討論を経てまとめられたもので,討論の過程では,社会主義リアリズムとは,〈社会主義が現実化した時代のリアリズムである〉,〈19世紀ロシア文学の方法とされた“批判的リアリズム”が,現実の欠陥,矛盾をあばきながら,その批判を未来への明るい展望と結びつけられなかったのとは異なり,革命的に発展する現実そのものの中に未来社会への歴史的必然性を見いだす新しい質のリアリズムである〉,その意味でこれは〈革命的ロマンティシズムをも内包する〉と強調された。実作面でこの方法に道を開いた作品としては,ゴーリキーの諸作品,とくに《母》(1906),ファジェーエフの《壊滅》(1927),N.A.オストロフスキーの《鋼鉄はいかに鍛えられたか》(1932‐34)などが挙げられた。…

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