日本大百科全書(ニッポニカ) 「ドブロリューボフ」の意味・わかりやすい解説
ドブロリューボフ
どぶろりゅーぼふ
Николай Александрович Добролюбов/Nikolay Aleksandrovich Dobrolyubov
(1836―1861)
ロシアの批評家。司祭の子として生まれる。神学校を経てペテルブルグの師範学校を卒業。文筆活動はわずか5年間にすぎないが、『現代人』誌のチェルヌィシェフスキーにその文学的才能を評価され、唯物論、革命的民主主義の立場から、同誌に多数の文芸批評を発表した。文学を現実の再現ととらえ、その社会的意義を強調し、純粋芸術派を批判したが、作家に特定の世界観を要求せず、作品から世界観、哲学を引き出すのは批評家の仕事であるとして、両者の分業を主張した。ゴンチャロフの長編小説『オブローモフ』に余計者の最後をみた『オブローモフ主義とは何か』(1859)、オストロフスキーの戯曲のなかに民衆の革命的覚醒(かくせい)の予兆を認めた『闇(やみ)の王国における一条の光』(1860)、ツルゲーネフの『その前夜』に革命の曙光(しょこう)を待望した『その日はいつ来るか』(1860)などが代表作である。それと同時に農奴解放前夜の革命的情勢期には、自由主義者の政治的欺瞞(ぎまん)性を暴露する辛辣(しんらつ)な論文を連載、そのためにツルゲーネフをはじめとする作家たちが『現代人』から脱退、物議を醸した。過労がもとで肺患を患い25歳で病没するが、真の民衆革命を目ざす彼の情熱的な評論は、後のナロードニキたちによって愛読された。ほかに詩集も残している。
[渡辺雅司]
『金子幸彦訳『オブローモフ主義とは何か? 他一編』(岩波文庫)』