アメリカの小説家。本名サミュエル・ラングホーン・クレメンズSamuel Langhorne Clemens。日本では『トム・ソーヤの冒険』や『ハックルベリ・フィンの冒険』などの少年小説で広く親しまれているが、アメリカ文学では、19世紀リアリズム文学を代表する本格派の文学者であり、20世紀アメリカ文学に決定的な影響を与えた。
当時開拓線(フロンテイア)の最先端の小村であったミズーリ州フロリダに誕生。4歳のとき、一家が移ったミシシッピ川沿いの町ハニバルで冒険好きな少年として育つ。この大自然に恵まれた町で過ごした少年時代の思い出は彼の多くの作品に描かれているが、同時に、そこで目撃した殺人事件や黒人奴隷の悲惨な生活は生涯消えることのない心の傷跡を残した。12歳のとき父を失い、植字工見習いとして自活し、各地を放浪したが、22歳のときに、少年時代からの夢であったミシシッピ川の蒸気船の水先案内となり、世界の縮図ともいうべき蒸気船上での人間観察によって文学者として人間をみる眼(め)を養った。筆名マーク・トウェーンは、元来、水先案内のことばで、蒸気船の航行安全水域を意味する。南北戦争で川の交通がとだえたあと、極西部に金銀鉱を求めて旅行したが、そこでは西部のユーモアで知られるジャーナリズムに身を投じ、1865年、西部の「ほら話」の傑作『ジム・スマイリーとその跳ね蛙(がえる)』で一躍有名になり、作家生活に入った。
1867年にはある新聞社の特派員としてヨーロッパ・聖地旅行に参加し、その特派員便りをのちに『赤毛布(あかゲット)外遊記』(1869)として出版、空前のベストセラーとなる。従来のアメリカ人のヨーロッパ文化に対する劣等感を一挙に吹き飛ばし、粗野ではあるが健全なアメリカ文化の優位を主張したこの旅行記は、アメリカの一般大衆レベルでの知的独立宣言というべき意味をもった。1870年に、東部の実業家の令嬢と結婚、東部の上流階級の一員となったが、それによって、西部のたくましい文化を代表する彼は、文学者としては去勢されたという見方がある。その一方、彼は落ち着いた環境で自らの西部体験に基づく『苦難を越えて』(1872)や、水先案内時代の『ミシシッピ川の生活』(1883)など優れた自伝的作品を発表するとともに、『金メッキ時代』(共作、1873)、『トム・ソーヤの冒険』(1876)、『王子と乞食(こじき)』(1882)、『ハックルベリ・フィンの冒険』(1885)など、代表作を次々と書いた。
しかし、6世紀のアーサー王宮廷に舞い戻ったアメリカ人の奇妙な体験をSF風に描いた『アーサー王宮廷のコネティカット・ヤンキー』(1889)のころから、人間と社会に懐疑的な見方をするようになり、アメリカ社会に対し鋭い批判を加えながらも、やがて『人間とは何か』(1906)、『不思議な少年』(1916)などで、人間機械論と人生をむなしい夢とみなす厭世(えんせい)観、虚無思想を表明するようになった。国民的作家として敬愛されながらも、内面的には幻滅に苦しむ孤独な文学者として、1910年、他界。
19世紀のアメリカの楽観主義を代表する作家として華々しく登場した彼の暗い晩年は、彼個人の問題であるだけでなく、アメリカそのものの歴史を象徴する。最晩年は、未完に終わった『自伝』(1924、1940、1959)を残したが、そこには、牧歌的な少年時代への郷愁、当時の腐敗した社会に対する絶望、そして人間存在に対する彼独自の哲学がみごとに示されている。
[渡辺利雄]
『鍋島能弘他訳『マーク・トウェーン短篇全集』(1976~1984・出版協同社)』▽『『マーク・トウェインコレクション』全20巻26冊(2002・彩流社)』▽『浜田政二郎著『マーク・トウェイン――性格と作品』(1955・研究社出版)』▽『吉田弘重著『マーク・トウェイン研究』(1972・南雲堂)』▽『渡辺利雄訳・解説『マーク・トウェイン・自伝』(1975・研究社出版)』▽『勝浦吉雄著『日本におけるマーク・トウェイン 概説と文献目録』『続・日本におけるマーク・トウェイン』(1979、1988・桐原書店)』▽『有川昭二著『マーク・トウェイン研究 作品論』(1991・音羽書房鶴見書店)』▽『永原誠著『マーク・トウェインを読む』(1992・山口書店)』▽『クララ・クレメンズ著、中川慶子他訳『父マーク・トウェインの思い出』(1994・こびあん書房)』▽『亀井俊介著『マーク・トウェインの世界』(1995・南雲堂)』▽『後藤和彦著『迷走の果てのトム・ソーヤー――小説家マーク・トウェインの軌跡』(2000・松柏社)』▽『有馬容子著『マーク・トウェイン新研究――夢と晩年のファンタジー』(2002・彩流社)』
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