技術者養成教育(読み)ぎじゅつしゃようせいきょういく

大学事典 「技術者養成教育」の解説

技術者養成教育
ぎじゅつしゃようせいきょういく

英語のengineeringは,技術業とでもいうべき職業の名称が本義である。これに従事する技術の専門家を技術者(engineer)といい,開発,改良,設計,工程管理といった高度な活動が期待される。一般に,今日の技術者養成教育は,大学の学士課程ないし同等以上の教育課程において,体系化された技術学(工学や農学など),その基礎となる数学や自然科学,人文・社会科学などによって構成される。なお,技術者の語に技能者を含める広義の用法もあるが,本事典の性格から技能者は扱わない。

[初期の動向]

技術の専門家は,軍事部門には古くから存在したが,民間部門に登場するのは18世紀後半以降である。産業革命が内発的に進行したイギリスの技術者養成では,技術者の活動がそれを養成する学校制度よりも先行した。1818年には同業者団体である民間技術者協会(イギリス)(the Institution of Civil Engineers)が設立され,技術者養成の正規の経路(正会員の資格要件)は見習い修業と規定された。理論的知識の重要性も認識されていた。1870年代以降に設立された各地の市民大学(イギリス)(Civic Universities)には技術者のための専門教育を行うものがあり,1897年には理論的な教育を補強する目的で会員資格試験が導入された。

 他の後発諸国では,政府が学校を設置して技術者養成を推進した。フランスの技術者養成では1794年に理工科学校(フランス)(École Polytechnique: エコール・ポリテクニーク(フランス))が設置され,理論的・基礎的な科目と応用的・技術的な科目からなる,今日につながる工学教育課程が考案された。1829年には,産業界により適合した中央工学校(フランス)(École Centrale des Arts et Manufactures)が設立された。ドイツの技術者養成では,1864年以降,各地に設置された高等工業専門学校(ドイツ)(Technische Hochschule: TH,のちの工科大学(ドイツ))において技術者養成がなされた。アメリカの技術者養成合衆国では1824年にレンセラー理工科学校(Rensselaer Polytechnic Institute,現,レンセラー工科大学(アメリカ))が創設された。1862年のモリル法によって,工学部農学部をそなえた多数の土地附与大学が設置され,大規模な技術者養成が大学の内部で開始された。

 日本の技術者養成では,1874年に工学寮(日本)(のちに工部大学校)が技術者養成を開始し,1885年には帝国大学の工科大学(日本)(工学部にあたる)に移行した。帝国大学には農科大学(日本)(農学部)も設置された。これらの学部は他の帝国大学にも設置され,あわせて多くの旧制専門学校に設置された。新制大学制度の発足(1948年)により,旧制専門学校の大半は大学に昇格した。

 以上のように,各国の初期の技術者養成機関には大学でないものが多く,高等教育の水準に達していないものもみられた。それらのほとんどは,のちに大学に昇格するか,大学と同格の位置を獲得して,技術者養成の中心は大学に移行した。

近年の状況]

アメリカでは,技術者教育の認証団体として,今日の工学技術教育認証委員会(アメリカ)(The Accreditation Board for Engineering and Technology: ABET)の前身となる組織が1932年に発足した。認証の目的は大学教育の質の保証にあり,教育条件(教育環境,教員資格,教員学生比率など)と教育課程(カリキュラム,成績評価のあり方など)がおもな評価の対象とされた。1970年代には欠陥車問題,航空機事故,環境汚染などをきっかけに,科学技術への不信が各国に広がった。これを克服するものとして,アメリカでは技術者倫理が注目され,1985年にはABETが技術者養成課程に倫理教育を要請した。

 1989年には,技術者教育相互認証条約(ワシントン・アコード)が締結され,技術者教育に国際的な質保証が導入された。1996年にABETは,新しい認証規準として「Engineering Criteria 2000」を導入した。これは学習成果(卒業生が身につけた知識や能力)を評価の対象とするもので,11項目の認証規準には,①数学,科学,工学の知識とともに,②課題を発見し,工学的に構造化して解決する能力,③コミュニケーション能力,④チームの一員として働く能力,⑤専門職の責任と倫理についての理解,⑥工学的な解決策が世界,経済,環境および社会にもたらす影響への理解などが含まれる。

 日本では,技術者教育の認証評価機関として,日本技術者教育認定機構(JABEE)が1999年に設立された。2000年には技術士法の改正により,JABEEの認証を受けた学士課程の卒業者は技術士補の資格が得られるようになった。JABEEは2005年にワシントン・アコードへの正式加盟が認められ,日本の技術者教育の国際的な整合性が確保された。
著者: 塚原修一

参考文献: 広瀬信『イギリス技術者養成史の研究』風間書房,2012.

参考文献: 村上陽一郎『工学の歴史と技術の倫理』岩波書店,2006.

参考文献: 杉原桂太『科学技術社会論と統合された技術者倫理の研究』名古屋大学博士論文,2007.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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