放射線生物効果(読み)ほうしゃせんせいぶつこうか(英語表記)biological effect of radiations

改訂新版 世界大百科事典 「放射線生物効果」の意味・わかりやすい解説

放射線生物効果 (ほうしゃせんせいぶつこうか)
biological effect of radiations

放射線生物効果は,放射線が生物の体を通り抜ける瞬間にそのエネルギーを失う,生物側からいえばエネルギーを吸収することから出発する。エネルギー吸収の結果,体を構成する細胞(とくに細胞核)のいろいろの分子が,原子間の共有結合にあずかる電子がはじき飛ばされるか,飛ばされた電子が付加されるため,正負イオンとなり二次的に変化して遊離基ラジカル)となる。これが放射線の直接作用と呼ばれる。直接作用の結果,細胞の水分子から生じたラジカルはさらに近傍の分子と反応し,それを変化させる。これが放射線の間接作用と呼ばれる。直接・間接作用は放射線が体の細胞を通り抜けた1秒以内に終了する。間接作用はたとえば細胞を極低温下で凍結し,水分子から生じたラジカルの動きを止めることによって阻止することができる。このような実験などから細胞に対する直接作用と間接作用の寄与は,ほぼ1:1と考えられている。

 直接・間接作用の結果,細胞内の分子に生じたラジカルは,酸素SH基などとの一連の化学反応を行い,細胞の生命活動を担う重要分子に化学的変化を起こす。これを初期傷害と呼んでいる。初期傷害のうち,最も重要視されているのが,遺伝物質とくにDNA分子のきずで,二重らせん状の鎖の切断が主である。

 DNA分子のきずのほとんどは,細胞によって認識され,一連の酵素によって数分から数時間後に修復されるが,一部は修復されずに残るか,修復ミスによって染色体異常などへ発展する。遺伝物質以外の構造に生じた傷害の多くは,細胞の行う代謝過程の間に消去されるが,DNA修復やDNAの新生,つまりDNAの複製,さらには染色体の複製などの円滑な進行の妨げとなる可能性がある。

 放射線の生物,とくに細胞に対する致死効果,染色体異常,突然変異,さらには癌化などの原因として,遺伝物質あるいはDNA上に生じたきずが重要視される根拠はいろいろあるが,どのようなきずがDNAのどこにいくつできたら,どのような障害,たとえばある型の染色体異常となるかということはわかっていない。DNA修復に先天的に欠陥がある,ある種の遺伝病の人の細胞は,放射線の致死効果に感受性が高いことが知られているが,突然変異や癌化に関しては,必ずしも明確な答えは出ていない。

 放射線は線量がかなり正確に測定できるので,いろいろな効果について線量との関係が定量的に求められ,数学的解析が行われている。それは必ずしも分子生物学や細胞学でいうメカニズム解明まではいたっていない。細胞内に生存上重要なある構造がいくつかあり(これを標的という),それらがすべて放射線でたたかれる(ヒットされる)と,細胞が死ぬというのが(多)標的(1ヒット)説である。ヒトを含め多くの動物細胞の放射線による致死は多標的単一ヒット・モデルに当てはまる(最近このモデルは多少修正されている)。

 放射線の生物効果は,放射線の種類(線質),その与えられ方(照射条件),細胞や組織に固有の内的要因,および種々の外的要因(たとえば酸素の有無)によって変更をうける。

 放射線が生体を通り抜けるとき,その飛跡に沿って正負のイオン対がつくられるが,イオン対の空間的分布,つまりミクロでとらえた単位飛跡あたりの放射線エネルギーの与えられ方--これを線エネルギー付与,LET(linear energy transfer)という--はX線,γ線,電子(β)線と速中性子,α線などでは非常に異なる。後者は粒子(たま)としてみた場合前者よりも大きく,イオン対のでき方が密で,LETが大きい。線量が同じでも,細胞や組織に対する効果は一般にLETが大きいほど強い。

 いろいろな放射線の生物に対する効果の強さの目安として生物学的効果比,RBE(relative biological effectiveness)が用いられる。それは同じ生物学的効果を与えるのに必要な基準放射線(X線またはγ線)の線量を,同じく問題とする放射線(たとえば,速中性子線やα線)の線量で割ったものである。RBEの値は非常におおまかにいえば,X線,γ線,電子線が1,速中性子線10,α線20であるが,細胞や生物の種類,対象となる効果(たとえば生物の急性死亡と癌),さらには効果をいつどのレベルでとらえるかなどで変わる。とはいえ,すべての放射線の量を生物学的効果を加味した同じ物差--その単位がレムである--で表現できる点は便利である。

 放射線の生物効果のメカニズムは複雑であるが,基本的には体を構成する(とくに増殖)細胞に対する作用で説明できる。細胞に対する放射線効果の例と障害への発展の概略とを図に示す。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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