フリーラジカルfree radicalまたは略してラジカルradicalともいう。通常の分子は偶数個の電子をもち,これらが対をつくっているが,遊離基には全体として奇数個の電子が含まれ,対になっていない電子(不対電子。・で表す)がある。炭化水素分子では炭素は4価の原子価をもつが,遊離基では3価となり原子価が飽和していない。基および原子価の概念の発展とともに,遊離基は存在しえないという議論や,遊離基を積極的につくろうという試みが生まれ,1900年にゴンバーグMoses Gomberg(1866-1947)によって初めてトリフェニルメチル遊離基(C6H5)3C・が発見された(式(1))。29年にはパネトFriedrich Adolf Paneth(1887-1958)らによりメチル基CH3・が発見され(式(2)),その後,自動酸化,重合反応,酸素効果など諸反応の研究によって,広く気相,液相で遊離基が発生していることが確かめられ,その化学が確立された。遊離基は次のような方法で発生させることができる。
(1)熱分解,光分解,放射線分解などの方法で化学結合を切断する(ホモリシスhomolysis)。
(C6H5)3CC(C6H5)3─→2(C6H5)3C・ ……(1)
(CH3)4Pb─→4CH3・+Pb ……(2)
(C6H5COO)2─→2C6H5COO・ ……(3)
(2)他の遊離基の分解,転位,付加,誘発など二次的反応により生成させる。
(3)1電子の授受による
遊離基の多くは原子価が余っているため不安定であり,さらに化学反応を起こして正常な原子価をもつ安定な生成物へと変換していくことが多い。この意味で遊離基は反応中間体の一種である。常温常圧気相中のメチルラジカル,ヒドロキシラジカルの寿命は10⁻3~10⁻2秒くらいである。短寿命ではあっても,時間分解法または低温凍結法を用いて直接いろいろなスペクトルを測り,ラジカルを確認することができる。またスピントラップ法でより安定な遊離基に変え,間接的に調べることもできる(式(6)はこの方法で用いられる典型的な反応の一つである)。トリフェニルメチルは溶液中で比較的安定な遊離基であるが,それでも酸素,ヨウ素,酸化窒素などと直ちに反応する。式(8)で生成するケチルラジカルも同様の性質を示し,これを利用して不活性気体中に含まれる微量の酸素ガスを除去するのに使われる。そのほかの安定ラジカルとしては,式(10)で生ずるウルスター塩,DPPH(2,2-ジフェニル-1-ピクリルヒドラジル),2,4,6-トリ-tert-ブチルフェノキシルなどがある。
遊離基に最も特徴的なのは,不対電子の存在によって常磁性をもつことである。その結果,常磁性磁化率を示し,その温度こう配からキュリー定数を求めると,試料中の不対電子の総数を決めることができる。また常磁性共鳴スペクトルが得られ,シグナル強度から不対電子の総数,共鳴磁場および超微細結合定数から遊離基の構造に関する知見が得られる。
遊離基の関与する反応を遊離基反応という。このなかでとくに重要なものの一つにビニル化合物の遊離基重合反応がある。このビニル重合は,重合開始剤から生じた遊離基がビニル化合物の二重結合に付加して反応が始まり(式(7)),非常に多くのビニル化合物分子が二重結合を順次開いてつながり高分子が生成する。ポリスチレン,ポリアクリロニトリル,ポリ塩化ビニルなどの合成に工業的に利用されている。先にあげた安定遊離基のなかには固体で半導体的電気物性を示すものがあり,この面からも興味がもたれる。
不対電子をもつ原子,たとえばハロゲン原子なども有機分子から導かれる遊離基と似た性質を示すので,遊離基に含めて考えることがある。2個またはそれ以上の不対電子をもつ分子もあり,それぞれ2価および多価遊離基(ジラジカル,ポリラジカル)と呼ぶ。CH2:,・CH2CH2CH2・などがこの例である。酸素分子もジラジカルと考えることができ,呼吸や燃焼に関係した高い反応性は遊離基反応の一種である。
執筆者:岩村 秀
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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不対電子をもつ分子の総称.ラジカルともいう.不対電子を2個もつときはビラジカルということもある.1900年にM. Gombergが遊離基であるトリフェニルメチルを見いだして以来,化学反応,光分解反応,放射線分解反応の中間体として各種の遊離基が生成していることが明らかになった.不対電子をもっているため電子スピンによる磁気的性質があり,とくにESR(電子スピン共鳴)によってその構造についても詳しく研究されるようになった.ESRの標準物質として,しばしば通常の化合物と同じように扱えるDPPH(2,2-ジフェニル-1-ピクリルヒドラジル)が用いられるが,これは安定な遊離基である.遊離基は一般に反応性が高く不安定なので,これを観測する手段として,せん光光分解法,パルス放射線分解法,剛性溶媒法などが開発されている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…これは反応に関与する化学結合の開裂のしかたによるもので,化学結合をつくる電子対が一方によって開裂する場合(ホモリシス)はイオン反応となり,電子対が一つずつの電子に分かれ開裂する場合(ヘテロリシス)はラジカル反応となる。不対電子をもつ化学種をフリーラジカルあるいは略してラジカル(遊離基)という。有機反応は形式的に次のように分類することができる。…
…これはきわめて反応性に富む。これを遊離基と呼び,さらに一般的に不安定分子という。このような不安定分子は,化学反応中でも存在していることが分光学的手段などによって確認されている。…
※「遊離基」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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