一般に,元のもの(オリジナル)を模して,限りなくその原形に近いと意識される相似物をつくりだすことをいい,また,そのつくりだされた相似物そのものも同じ言葉で呼ばれる。そして多くの場合に,その再製されるものはいわゆる〈著作物〉であり,絵画,彫刻などの美術品をはじめとして,文芸,学術,音楽などの広い範囲のものが含まれる。
〈複製〉という日本語は,近代以降に広く通用するようになった新しい言葉であり,英語のコピーcopy(またおそらくはリプロダクションreproductionなど)の翻訳語として用いられ始めたものと考えられる。そして,この英語のcopyという言葉は,語源的には〈豊富,多量〉を意味するラテン語copiaにさかのぼることができ,英語の形容詞形copiousには今日でもその意味が伝承されている。このようにして,〈複製〉という言葉のよってきたるところを探りだすことにより,われわれは複製という概念が,そもそもは強く数量の意識としてあったであろうことを知るわけであるが,そのような数量としての複製が,それを支える種々の技術的発展によってほとんど爆発的な増殖をみせ,ある質的な転換をも示すようになるのは,19世紀中葉から20世紀にかけてのことであった。
今日われわれは,精巧な複製画や画集によって絵画と向かい合い,レコードやテープによって音楽に親しみ,写真やテレビの映像によって人物と対面する。現代はいわば〈複製文化〉の時代であり,かつてW.ベンヤミンが《複製技術の時代における芸術作品》(1936)で指摘したように,われわれはこれらの〈複製体験〉によって,その意識下に大きな影響を被っているということができる。
たしかに現代社会における複製技術の発達は,過去の文化には見られなかった大きな影響を与えているが,厳密には複製を現代のみに固有の現象と考えることはできない。人間の文化が成り立ち,維持されるうえでは,複製はむしろ根本的な要因である。先史時代における道具の生産はすでに一定の機能的類型を複製しているし,言語や身ぶりも,反復される形式を獲得したがために,伝達されうるものになったのである。しかし道具のように物質的なものも,そのつど,類型を再生産するのでなく,等価なものを技術的に反復することができるようになったとき,複製と呼ぶにふさわしい状態が生じる。金属文化とともに生まれた鋳造の技術はその早い例であり,その最大の影響は貨幣を鋳造したことで,それは経済を変化させた。言語ないし音声をそのまま記録する手段は近代まで生まれなかったため,文学(書記的形式)が発明されて,その複製が人間の外部に技術化される可能性が開けた。歴史時代の文化は一面では複製技術の発達史として考えることができる。
複製技術は人間の文化を変質させてきた。そのなかで最も大きなものが文書,書籍の複製である。版画を含めた広い意味での印刷術が未発達の段階では,手で書き写すことが文書の複製の中心であったが,紙が普及するにつれて,8世紀には中国で木版印刷が発明され,その世紀の後半には日本で〈百万塔陀羅尼(だらに)〉が印刷されている。活版印刷も中国で始まるが,15世紀に至ってグーテンベルクによる活版印刷が発明され,近代の複製技術の発端となった。これにより書籍の出版が容易になるが,初期の出版が国王の許可を必要としたことは,複製技術が発達すれば権力による情報管理が強化されることを早くも示していた。
印刷術はすでに書籍の出版において,手写本にはあったオリジナルとコピーとの間の差異をなくしていたが,これを決定的に進めたのが19世紀前半における写真の発明である。もっともそれは,1枚の感光板から1枚の写真しか得られないダゲレオタイプではなくネガポジ方式のカロタイプによって始まった。写真には,その表現において,オリジナルとコピーという区別がなかった。さらに写真術と印刷術が結びつくことによって,活字だけではなくイメージの出版が大量に可能になったのは,19世紀末である。これまで文化における意味の形成と保存を支えていた建築物,かけがえない一回性の上に成り立ってきた芸術作品にかわって,マス・メディアの時代が到来し,メディアが文化を左右する流動的で不安定な状況が支配的になった。さらに音を記録するレコード,テープが生まれる。音楽がレコーディングによって複雑な合成を通して実現されるようになると,音楽表現そのものにも変化が生じる。美術の複製技術も著しく進み,美術書の大量な流通は明らかに感性の変化を引き起こしている。
しかし複製文化は,このように複製技術によって生産された情報を受け取ることで終わっているのではない。事務における文書の複製は長い間比較的幼稚なままにとどまってきたが,電子工学の急速な発展によって,コピー用機器が革命的に変化した。これは,消費者がみずから情報を複製することを意味するし,複製されたものではなく技術そのものが提供されたことになる。音声テープもビデオ・テープも容易に複製されることになる。もはやオリジナルとコピーの差異の問題ではなく,コピーのコピー,さらにそのコピーとオリジナルとの区別もなくなった。その結果,消費者が情報を利用する上でも,選び出す上でもきわめて有利になると同時に,別の社会的な問題も生じてくる。ひとつは,社会主義国における情報の独占管理がコピー機器に脅かされ始め,その使用の厳しい管理を引き起こしていることであり,もうひとつは,資本主義国において著作権が危機に陥り始めたことである。複製文化は,感性の変質,かつての受け手の送り手化,情報の無制限な拡散という問題をはらんでいるため,現代社会においてあらゆる表現行為はこれを無視しては成り立たなくなっている。
執筆者:多木 浩二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
もとのものと同様なものを製作すること、またその製作されたもの。法律においては、印刷、写真、録音、録画などの方法によって著作物を形のあるものにそのまま再製するすべての行為をさし、複製権は著作権から派生する諸権利中もっとも基本的かつ重要な権利になっている。
芸術作品や美術作品においては、模写、模造、模刻など、オリジナルoriginal(原作)を別人が同様の技術手段によって再製する手仕事的なコピーcopyが古くから行われていた。このコピーは、ギリシア彫刻のローマ時代模刻のように、原作が失われている場合、それ自身学術的にも芸術的にも価値があるし、高松塚古墳壁画の模写のように、実物の鑑賞が不可能な場合、伝達にとっての不可欠な手段でもある。一方、木版、銅版、石版などの印刷技術の発明は、とくに平面的な絵画のリプロダクションreproductionの盛行を促した。ともに複製とよばれるが、一点もののコピーと量産的なリプロダクションは区別される必要がある。
また、彫刻、建造物、記念碑、機械、道具など、立体的なものの複製はレプリカreplicaとよばれる。
映画の発明を含む写真技術の発達、さらに音の複製(レコード)の発明によって、リプロダクションによる複製芸術の占める地歩は、20世紀の芸術のなかで、各種の芸術方法と並んで独自のものとなった。加えて1990年代に登場したデジタルによる高度な技術機器の発展と普及により、印刷、音響、映像などを個人で複製することが容易になったことから複製権の問題はきわめて複雑化している。
[畑 暉男]
『ベンヤミン・ヴァルター著、佐々木基一編・解説『複製技術時代の芸術』(1999・晶文社)』
出典 図書館情報学用語辞典 第4版図書館情報学用語辞典 第5版について 情報
【Ⅰ】replication.もとの二本鎖DNAとまったく同じ二本鎖DNAがつくられる過程.二本鎖をほぐすタンパク質など多数の因子が関与するが,DNAを鋳型としてDNAを合成するDNAポリメラーゼが中心的役割を果たす.細胞分裂のたびにゲノムDNAが複製される.この過程を繰り返すと,ある頻度でエラー(変異)が起こるのは避けられない.エラーの修復系も備わっているが,それでもなおしきれない場合があり,長い間には変異が蓄積する.[別用語参照]DNAの複製【Ⅱ】duplicating.[別用語参照]複写
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ルネサンス時代に始まるステータス・シンボルとしての〈肖像〉が,一部王侯貴族のものであったのに対し,写真の出現はそれを一挙に,だれもが手軽にもつことができるものにしてしまった。だがそればかりではなく,写真がもつ対象の忠実な複製能力は,写された者に自分自身のリアルな姿を直視させることにもなり,それはステータス・シンボルとしての〈肖像〉とは異なった社会的な意味をもたらすものであった。つまり肖像写真によって普及した〈肖像〉は,写された人物が獲得した社会的なアイデンティティ(地位が高い等)よりも,その人自身が生まれながらにもつ個人的なアイデンティティをつねに指し示すものとして機能することとなるのである。…
… 彫刻は,もともと〈削る〉という文字が〈似すがた〉を写す意味をもつように,対象の形姿を忠実に再現することを第一義としたが,このことは肖像彫刻においてもっとも顕著に示されている。したがって彫造の模刻・模造は,絵画以上に原本に忠実で,工芸品の複製に近い。【衛藤 駿】
[西洋]
西洋においても模写の目的は種々あり,その目的に応じて意味も異なる。…
※「複製」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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