改訂新版 世界大百科事典 「教育の経済学」の意味・わかりやすい解説
教育の経済学 (きょういくのけいざいがく)
教育のもつ経済的側面を経済学の論理や手法(たとえば費用・便益分析)を用いて考察しようとする応用経済学の一分野。とくに教育の労働者の質に与える効果を考察するので,人的資本理論と重なり合うところが多い。教育の労働者の質を高める効果は,19世紀の経済学者,たとえばJ.H.vonチューネンやA.マーシャルらが注目していたが,第2次大戦後,経済発展が各国の関心事になるにつれて教育の経済的効果が再認識され,1960年代に入ってから教育の経済学は急速な展開をみるに至った。代表的な論者はT.W.シュルツとベッカーGary Stanley Beckerである。教育が人間の潜在的能力を開発し,高度の教育を受けた労働者がそうでない労働者に比べて高い経済活動能力をもつことは経験的には明らかであるが,具体的にどのような能力を高めるかは,職業教育についてはともかく,普通教育については必ずしも明らかではない。この点が教育の経済学の主要な論点である。さまざまな見解が提出されたが,ほぼ共通して確認されているのは,普通教育は特定の技能よりむしろ一般的で抽象的な能力を開発すること,そしてこのような能力のほうが,企業という組織の中で生産活動を行う労働者にとっては,特定の技能以上に有用だということである。このような認識にたって,各国,とりわけ発展途上国は教育制度の拡充を経済発展のための戦略の一環とするに至っている。しかし,教育の経済的側面を過度に強調し,経済的観点からの教育改編さえ主張する教育の経済学に対しては批判もある。70年代に入って,S.ボールズやH.ギンタスらのラディカル派経済学者やI.イリイチらの文明批評家が厳しく批判している。
執筆者:間宮 陽介
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報