文化的アイデンティティ(読み)ぶんかてきアイデンティティ(英語表記)cultural identity

最新 心理学事典の解説

どの社会にも,またどの民族にもある伝統的な生活習慣や固有の言語や感情・認知・行動の様式,つまり文化によって培われた個人のパーソナリティや自己のことを指す。文化的同一性ともいう。類義語としては社会的アイデンティティや民族的アイデンティティがあり,タジフェルTajfel,H.は社会的アイデンティティの一側面として文化的アイデンティティを扱っている。個人を超えて同じ集団の成員に共通の特徴,心理的メンバーシップとしてのアイデンティティを表わす場合もある。

【文化的アイデンティティ研究の課題と動向】 アメリカでは1980年代にすでに異文化間コミュニケーションinter-cultural communicationの分野での論議が行なわれており,アドラーAdler,P.S.やシュウェーダーShweder,R.A.とボーンBourne,E.J.らの解説や,最新の研究としてべリーBerry,J.W.,ポールティンガPortinga,Y.H.,ブリュージライマスBreugelimas,S.M.らの著作がある。そこでは,キーワードとして文化化acculturation,文化的アイデンティティ(個人のものとして,話し方,着衣,食事などの変化に見られる),集団における社会的アイデンティティsocial identity(民族的・国民的アイデンティティと心理的適応とのかかわり)や,複数の文化のもとで育った個人を研究する複文化アイデンティティbi-cultural identityの統合,さらに異文化間性格intercultural personalityなどが文化的適合仮説cultural-fit hypothesisに基づいて解説されている。

 箕浦康子は『子供の異文化体験』(1984)の中で,正面から文化的アイデンティティの形成と機能を論じている。そこで扱われているのは,社会的同化と文化的同化のずれとアイデンティティ,アイデンティティ操作の政治過程,使用言語とアイデンティティ,多元的社会のアイデンティティなどである。さらに作業仮説として,二つの文化が交叉する所で生活している個人にあっては,認知,行動,情動の三つのレベルがそれぞれ独立に働くことがあり,またこれらの三つの相互作用関係に注目する必要がある。いずれにしても,文化によって影響を受ける部分と,個人特有の部分があるというパーソナリティモデルを提唱している。そして,在米中の日本人の子どもを対象とした面接調査の結果として,二文化併存のモデルは理念型としてのみ存在し,行動面・認知面では併存しても,情動面では日本的あるいはアメリカ的のどちらか一方のパターンのケースしか存在しなかったので,その非可逆的な点で認知・行動のレベルと情動面は本質的に違うのではないか,と記している。

 民族的アイデンティティの一つの型としての否定的アイデンティティnegative identityが研究されている。被抑圧民族や人種が歴史的・政治的にそのように作られてきた事情や要因を検討したものであり,それも文化的アイデンティティの課題だと考えられる。

 複文化アイデンティティは,最近の心理人類学や異文化間心理学と異文化間教育の研究課題として重視されており,異文化間性格や多文化人間multi-cultural person,境界的人間marginal man,統合されたアイデンティティintegrated identityなどという概念も生み出されている。アイデンティティの複合化がなぜ起こるのかについては,個人が成長発達する生活状況の変化による場合が多いと考えられている。たとえば,住み慣れた地域や国境を越えての移住や留学,外国駐在を余儀なくされた家族などに伴う転校など,昨今の経済的・社会的グローバル化がもたらす異文化への同化・適応の過程における文化的アイデンティティの揺らぎと変化が注目されている。

 マツモトMatsumoto,D.(2000)は,人は一つの文化的アイデンティティだけでなく,状況によって二つ以上のアイデンティティをもつことも可能であり,さまざまな文化集団の境界が軟化し,文化集団間のコミュニケーションや相互作用,また異文化間の結婚が増加しているために,現在の複文化アイデンティティはますます一般的になりつつあると述べている。またマツモトも紹介しているが,オイザーマンOyserman,D.は自らの調査によって,出自が他国である人の方が,その国の現地人に比べて,出自文化の結晶化crystallization,またステレオタイプ化stereotypingが見られ,いずれも複文化アイデンティティが存在していると指摘した。

【個人主義文化-集団主義文化】 アメリカの異文化間心理学の草分けの一人であるトリアンディスTriandis,H.らが,1990年代以後,諸国や諸文化を特徴づける伝統的な祭礼や葬儀や慣習,また子育ての習慣や家族のまとまりに見られる二元的な枠組みとして,個人主義対集団主義があることを提唱し,欧米の白人文化と,トリアンディスらにとっての異文化である東アジア・東南アジアやアフリカとの判別を行なった。

 個人主義文化に共通しているのは,享楽的傾向を伴った自己依拠independency,所属集団から心理的距離をおきながらも社交性sociabilityと協力cooperationを強調することである。これに対して,集団主義文化では,人びとは相互依存的interdependentであり,家族・地域集団・企業組織・軍隊などの所属集団の目標や規範や権威に従うことや単純で硬直した性質をもつ団結が強調される。トリアンディスによれば,集団主義文化には垂直vertical型(例としてインド文化)と水平horizontal型(例としてイスラエルのキブツ)がある。垂直型の集団主義文化は伝統を保ち,内集団の結束in-group cohesion,その規範と権力者の指示を尊重する。水平型の集団主義文化では,共感empathyや社交性sociabilityと協力cooperationが強調される。個人主義文化にも垂直型と水平型があり,前者(たとえばアメリカの企業文化)では,競争が激しく,階層の頂点でなければならないとされ,水平型文化(たとえばオーストラリアやスウェーデン)では階層差は重視されず,自己信頼self-reliance,他者からの自立,独創性が強調されている。

 さらにトリアンディスらが提唱しているのは,イディオセントリズムidiocentrism(自己中心主義)とオーロセントリズムallocentrism(他者中心主義)であり,これらはパーソナリティ特性として,しばしば直交軸として存在しているとする。前者では自己矜持・競争・独創性・享楽性,そして内集団からの情緒的距離が強調され,後者では相互依存・社交性,また家族内結束,そして集団内のメンバーの受容や願望が配慮され,親密感を保つことなどがある。これらは個人的アイデンティティの内容であり,尺度項目ともなりうる特性である。

【集団主義という通説への批判】 トリアンディスやホフステーデHofstedes,G.による文化レベルでの個人主義対集団主義の抽出は,アメリカの内外における心理学的文化研究を大いに促進し,その枠組みが世界各国のさまざまな文化に当てはまるか否かが検討された。その代表的なものは,オイザーマンらがアメリカとアメリカ以外の国を比較した研究,日本人とアメリカ人との日米差の検討を含むアメリカ国内における民族差を比較した研究であった。この検討では,個人主義と集団主義とを必ずしも同じ軸の上に位置づけることはせずに,個人主義と集団主義のそれぞれについて日米の差が比較された。それまでの常識や欧米における通説は,アメリカ人は個人主義的傾向が強く,日本人は集団主義が強いというものであった。しかし,オイザーマンらの結論は,逆にアメリカ人の方が日本人よりも集団主義的傾向が強く,その差はあまり大きくないというものであった。他方,個人主義についての日米差は,それが個人主義のどの側面を重視するかによって違い,自分をどれくらいユニークな存在と思うかとか,プライバシーを重視するかという質問への回答では,アメリカ人の方が日本人よりも個人主義的であるが,その質問を含めずに尋ねた場合には,日本人の方がアメリカ人よりも個人主義的な結果が得られた。質問紙法を用いて,一人ひとりに直接尋ねて調べた実証的研究の結果は,それまでの常識・通説とは一致しなかったのである。

 高野陽太郎や山岸俊男らも,日本人は集団主義的であるという通説を否定し,それらは幻想または錯覚であるとまで述べている。山岸は,日本人とアメリカ人の大学生の参加を求めて社会心理学的実験を重ねた。そして,社会的ジレンマ状況で,集団の利益と個人の利益のどちらをより追求しがちか,またグループとして仲間と一緒に作業して報酬を平等に分ける方を選ぶか,自分一人で作業した成績に応じて報酬を貰う方がよいかなど,実験条件を分けたり組み合わせたりして,通説とは逆の結果,すなわち日本人は集団主義で,アメリカ人は個人主義だとは一律にはいえないことを示した。濱口恵俊は,日本人の場合,それは個人と集団との心理的一体化ではなく,集団内での和と間柄を強調する間人主義と名づけられる日本的集団主義であるとしている。

【自己観の文化的差異】 マーカスMarkus,H.R.と北山忍は,一定の文化の中で成長発達した人は,互いによく似た自己観self concept(自己に関する観念,すなわち自己概念self-concept)や価値観をもつが,それは歴史的に蓄積された社会的・文化的慣習(言語を含む)や制度のもとで習得した心のプロセスだと考えた。そしてそれには,独立的自己independent selfと相互依存的自己interdependent selfの対比があり,前者には自他の区別を明確にする西欧型を当てはめ,後者には自他の境界が明確に区分されず重なり合っている非西欧型を当てはめて概念化した。また,北山らは,それぞれの自己(観)に対して,社会的・文化的慣習や制度などの相互構成的システムを相互独立的システムと相互協調的システムとに分け,日本では後者が機能しているとした。これらの区分は,トリアンディスらの個人主義対集団主義という二分法を引き継いだ社会的表象であって,必ずしも前述の個人的な文化的アイデンティティと同一ではない。

【育児スタイルと発達期待】 日米間に文化的自己観の差異が見られた要因の主なものは,それぞれの国の母親が抱いている子育ての目標や,期待している事柄や方法が異なるという事実であった。日本の母親の育児スタイルは,子どもを抱きかかえる,優しく接する,なだめすかすなどに傾くのに対して,アメリカの母親は子どもの顔,とくに眼を見る,姿勢を変える,話しかけて反応を見るなどの行動を取る。アメリカでは,子どもといえども母親自身とは別個の自発的・自立的存在となることを期待してしきりに話しかけ,活発に応答し行動することを望むのに対して,日本の母親は乳児を自分の分身でもあるかのように,つねに傍らにいさせて,その要求にはことばで応じずに,仕草(動作)で応じる,また要求の出るのを待たずに進んで世話をする。

 幼児が6歳になるまでの間にできるようになってほしい事柄についての研究によれば,アメリカの母親は言語による自己主張,社会的スキルが早く身に付くことを期待しているのに対して,日本の母親は従順,行儀の良さ,感情の抑制,身の回りのことの自立を期待していることが明らかになった。

 育児方法の数多くの相違の中でも,そのことを最もよく表わしているのは家族の就寝形態である。日米比較研究では,日本の家族はほかに空部屋があっても,親子・家族が同室で寝る共寝の習慣があるのに対して,欧米の子どもたちは,生後間もない乳児でも両親(夫婦)とは違う部屋に独りで寝かしつけられることが指摘された。どの国,どの文化にあっても,親とくに母親はその子どもの心身の成長・発達について,なんらかの期待や願望をもっている。身体面の発育や運動能力についてだけでなく,ことばや読み書き,計算能力,善悪の判断力が上達してゆく年齢や時期を想定する。これを発達期待expectation of developmentとよび,文化によって多少の違いと複数の発達課題developmental tasksがある。それがいつごろ達成できると思うかを親に尋ねた研究は,親の属する文化環境や教育方針に左右され,自立や自律を早くから望むか,または常識や世間並みの能力やモラルの発現を待つかによって異なり,子どもは自分の社会にとって重要な文化的価値やモラルを習得するようになる。

【社会的構造と社会的性格の関連】 世界の各国,また地域はそれぞれ異なった社会構造(階層や支配体制,生活の枠組みなど)をもっている。そして同じ社会構造のもとでは,人びとが共通の行動特徴や,よく似た性格特性を示すことは珍しくない。その原因や理由には遺伝や進化的条件があるが,それにとどまらず,各国内の政治的・社会的構造,機能が人びとに共有される社会的性格social personalityを形成・存続させているという指摘がある。

 ドイツに生まれ,ナチスによる束縛を避けてメキシコに亡命したフロムFromm,E.は,『自由からの逃走』の中で,ナチスドイツの台頭下にあってドイツ国民は5種類の社会的性格を示したと説いている。その原因として,第1次世界大戦後のドイツの中産階級の下層の人びとがインフレーションや独占資本の増大によって生活が脅やかされていたことを挙げ,強者に憧れ,弱者を軽蔑するサド・マゾヒズムsadistic-masochisticism(加虐・被虐指向の傾向)が,ナチスの体制とイデオロギーによって強化されたためだと分析した。社会的性格には,⑴受容的性格 自分のほしいものをすべて外部から受け入れ,自分の世話をしてくれる人,また自分が依存できる人を求める。⑵搾取的性格 力をふるって,自分の欲望を満たしたいと願い,他人に対して攻撃的,また搾取的にふるまう。⑶貯蔵的性格 従順で几帳面,ペダンティックであり,外の世界から自分を隔て,守ろうとする。⑷市場的性格 自分を他者の意向に従わせ,社会というマーケットに自分を売り込むことで満足する。⑸生産的性格 他者に対して真の愛情を抱くことができて,自分独自の能力を発揮できる,という5類型がある。フロムは,このうち⑴から⑷までの性格が,ナチスの政策や「闘争」を支持し,合力したと考えた。なお,このような性格を併せもつ人びとを権威主義的性格authoritarian personalityと表現し,その人種偏見的態度の諸研究を推進したのが,アドルノAdorno,T.W.らである。まず,反ユダヤ主義の強度を測る態度尺度anti-semitism scale(A-S尺度)を作製し,次いで別種の自民族中心主義尺度ethnocentrism scale(E尺度)を作った。この両尺度による研究から,アドルノらは自民族中心主義ethnocentrismとでも名づけられる心理的イデオロギーの存在に到達した。さらに,民主主義の最大の危険である強固な人種偏見を測るファシズム尺度F-scale(F尺度)を発表し,尺度が高い値を示すほど権威主義的であるとした。 →アイデンティティ理論 →権威主義的性格 →文化心理学
〔星野 命〕

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