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文化心理学 ぶんかしんりがくcultural psychology

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

文化心理学
ぶんかしんりがく
cultural psychology

文化的事象を取扱う心理学。人間には,生物としての自然的なと,自然に働きかけてそれを変化させ,その結果を伝達するという文化的な面とがある。文化心理学はこの後者に関係する。その主要な対象は,文化一般の問題,特に宗教芸術言語成立と機能などで,文化人類学分野とほぼ重なる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

文化心理学
ぶんかしんりがく
cultural psychology

文化によって人間の行動や心性がどんな影響を受けるか、人間はどのようにして文化をつくりだすか、人間の生得的性能と文化の過程とはどのような相互影響を及ぼし合うか、などの諸問題の心理学的研究をいう。似たような研究領域の名称に心理人類学や異文化間心理学があるが、しだいに文化心理学の名称がアメリカを中心に多用されるようになっている。
 文化の人間性に与える影響は、むろん古くから注目され、民族学などの伝統を生んでいる。心理学においては、実験心理学の開祖であるW・ブントが、晩年に『民族心理学』という10巻の大著を著し、事実上の文化心理学の先駆的業績を遺(のこ)した。しかし、ブントのつくった文化心理学が認知能力に主眼を置いたものだったのに対して、フロイトは人格発達の機制を論じて、この分野に新たな刺激を与えた。彼は、各発達段階における欲求不満が人格のゆがみや神経症などをもたらすとし、また超自我は同性の親のもつ道徳的規範の内在化によって形成されると唱える。このような考え方は、しつけの主導者である母親や父親の行動様式が子供の人格発達を左右する、また父母の有する社会・文化的規範が間接的に超自我のあり方を規定するなどの観念を含んでいる。フロイト自身は、時代思潮に沿ってむしろ人格の生物学的決定要因を重視していたとみられるが、その見地は文化と人格との関連について新しい視点を提示したといえる。[藤永 保]

文化心理学の二つの主題

その後、B・マリノフスキーは、母系制社会をつくるニューギニアのトロブリアンド島民では、男児のエディプス・コンプレックスは、フロイトのいうように、実の父親に対して抱かれるのではなく、むしろ男児の将来を左右する権限をもつ母方の伯父が対象になることをみいだした。この事実は、人格形成における文化的要因の介入に関して新たな波紋を投じた。またM・ミードは、そのニューギニアにおける三つの未開社会の調査を通じて、文明社会における性差のあり方がかならずしも唯一のものではなく、性役割はむしろ全体としての文化の型によって異なりうることをみいだし、大きな衝撃を与えた。以降1930年代~1940年代には、文化の人格形成に及ぼす影響の研究が急激に隆盛となり、「文化とパーソナリティー」の研究とよばれ文化人類学の中心題目の一つとなった。太平洋戦争に際し、アメリカはこの手法による日本人の国民性の研究を行ったが、R・ベネディクトの『菊と刀』はその代表例である。
 一方これとは別に、W・フンボルト以来、言語と思考との関連はつねに大きな関心をひいてきた。E・サピア、アメリカの言語学者ホワーフBenjamin Lee Whorf(1897―1941)らはインディアン諸語の特性の研究に基づいて、各種族のもつ言語の体系はその文化に属する人々の思考や認識の型づけを行うという「言語相対性の仮説」を唱えて、文化と知性との相互関係に注目を促した。こうして、文化の人格形成および思考様式の形成に及ぼす影響は、今日も依然として文化心理学の二つの主題をなしている。しかし、第二次世界大戦後の国際化の進展に伴い、この分野における諸問題が再認識され、またいっそうの社会的貢献が求められるなどの事情によって、大規模な国際比較研究が盛行し、いきおい、研究領域も急拡大をみるに至っている。旧来の社会心理学、発達心理学、認知心理学、比較心理学などとの融合の動きも盛んである。文化心理学の定義そのものも、心と文化の相互構成の過程の解明というように、再体系化が試みられている。具体的には、研究領域の拡大は、パーソナリティー研究の下位領域ではあるものの、実験心理学的研究の盛んであった情動の分野などにも及んできた。たとえば、東洋人種では乳児期から痛みに対する耐性の高いことが知られてきたが、これは単なる遺伝的人種差によるものではなく、耐性の高さが一つの価値とされる文化のなかでは、そのような特性が尊重されるという文化的淘汰(とうた)の世代間累積により、この特性が遺伝的人種差として固定されてきたとみることもできよう。また、ロシアの生んだ優れた発達心理学者、L・S・ビゴツキーは、子供は大人からの価値の伝達(精神間学習)を自ら再構成し内在化(精神内学習)するという「二度の学習」の原理を唱えたことで知られている。この原則にたてば、純粋な知的・法則的学習過程とみられてきたもののなかにも、かならず文化的規範が介入することとなる。J・ブルーナーは、文化のなかには認識や学習のモデルが潜在していると説くが、ここにも認知過程と文化過程との相互構成が主張されている。今後、この分野のいっそうの体系化が期待されている。
 また、文化心理学の注目すべきテーマの一つに、「幸福感(充足感)」の研究がある。行動経済学者のカーネマンらによると、食住の基本的欲求が満たされればそれ以上の収入はかならずしも幸福感の上昇をもたらさない。アメリカの心理学者ディーナーEdward Diener(1946― )によると、アメリカの大富豪と質素な生活を旨とするアーミッシュの人生の満足度には大きな差がないという。これらは経済成長至上主義の風潮への反省の資料といえよう。[藤永 保]
『ブント著、比屋根安定訳『民族心理学――人類発達の心理史』(1959・誠信書房) ▽築島謙三著『文化心理学基礎論』(1980・勁草書房) ▽M・H・シーガル他著、田中国夫・谷川賀苗訳『比較文化人類学――人間行動のグローバル・パースペクティブ』上下(1995~1996・北大路書房) ▽斎藤耕二著『異文化体験の心理学――青年文化から異文化体験まで』(1996・川島書店) ▽田中一彦著『主体と関係性の文化心理学序説』(1996・学文社) ▽ 柏木恵子・北山忍・東洋編『文化心理学――理論と実証』(1997・東京大学出版会) ▽波多野誼余夫・高橋恵子著『文化心理学入門』(1997・岩波書店) ▽ジェローム・S・ブルーナー著、田中一彦訳『可能世界の心理』(1998・みすず書房) ▽北山忍・日本認知科学会編著『自己と感情――文化心理学による問いかけ』(1998・共立出版) ▽深田博己編著『コミュニケーション心理学――心理学的コミュニケーションへの招待』(1999・北大路書房) ▽人間主義心理学会編著『人間の本質と自己実現』(1999・川島書店) ▽J・ブルーナー著、岡本夏木他訳『意味の復権――フォークサイコロジーに向けて』(1999・ミネルヴァ書房) ▽高取憲一郎著『文化と進化の心理学――ピアジェとヴィゴツキーの視点』(2000・三学出版) ▽D・マツモト著、南雅彦・佐藤公代監訳『文化と心理学――比較文化心理学入門』(2001・北大路書房) ▽マイケル・コール著、天野清訳『文化心理学――発達・認知・活動への文化・歴史的アプローチ』(2002・新曜社) ▽山口勧編『社会心理学――アジアからのアプローチ』(2003・東京大学出版会) ▽山祐嗣著『思考・進化・文化――日本人の思考力』(2003・ナカニシヤ出版) ▽大石繁宏著『幸せを科学する――心理学からわかったこと』(2009・新曜社)』

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世界大百科事典内の文化心理学の言及

【心理人類学】より

…またそれは,人類学と心理学との境界領域に成立した学際的な社会科学だとも言える。この分野への心理学サイドからの接近は,異文化間心理学cross‐cultural psychology,または文化心理学cultural psychologyと呼ばれている。だがそれらは心理人類学と共通した研究対象をもつ。…

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