日本大百科全書(ニッポニカ) 「新羅焼」の意味・わかりやすい解説
新羅焼
しらぎやき
朝鮮半島で古代に焼かれた還元焼成の炻器(せっき)の総称。新羅土器ともいい、素地(きじ)は堅緻(けんち)でねずみ色に焦げ、自然釉(ゆう)がかかることもある。日本の須恵器(すえき)の母胎でもあるが、燻(いぶ)し焼きをして炭素を素地肌にしみ込ませてあり、中国でいう灰陶(かいとう)に属する。灰陶の焼成には窯を必要とするが、築窯、還元焼成、そしてろくろ(轆轤)を使った成形と三大技術を駆使した新羅焼の登場は、朝鮮半島の陶磁史に画期を築くもので、おそらく中国大陸からの技術導入により試みられた新しい焼物であったろう。その原型の出現時期は原三国時代(1~3世紀ごろ)とする説があり、三国(高句麗(こうくり)・百済(くだら)・新羅(しらぎ))鼎立(ていりつ)時代の4世紀以後のいわゆる新羅焼は、新羅、百済、伽耶(かや)の3種類に分けて研究が進められているが、それぞれ微妙に作風を異にする。668年に新羅王朝が朝鮮半島を統一したのちも新羅焼は隆盛し、918年建国の高麗(こうらい)時代になっても焼成技法は受け継がれて、長い韓国陶磁史の重要な支柱となった。
[矢部良明]