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日清通商航海条約 にっしんつうしょうこうかいじょうやく

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大辞林 第三版の解説

にっしんつうしょうこうかいじょうやく【日清通商航海条約】

1896年(明治29)下関条約に基づいて結ばれた日本と清国との通商航海条約。領事裁判権・協定関税・最恵国待遇を含む日本に有利な不平等条約。

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(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

日清通商航海条約【にっしんつうしょうこうかいじょうやく】

日清戦争後の下関(しものせき)条約に基づいて,1896年日本と清国間で締結。北京で調印。日本は領事裁判権協定関税最恵国待遇など欧米諸国と同様の条件を獲得。以降の中国侵略の足場を築いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日清通商航海条約
にっしんつうしょうこうかいじょうやく

日清講和条約(下関(しものせき)条約)第6条の規定により結ばれた条約。1896年(明治29)7月21日調印、同年10月20日批准書を交換して発効した。日本は領事裁判権、協定関税、最恵国待遇を獲得して欧米と同一の特権を掌握し、これを足場に中国市場に進出した。1903年(明治36)10月8日には、日清両国人の共同経営事業についての規定、日本人の登録商標・著作権保護の規定などを定めた追加条約を締結した。五・四運動以後、中国国民の反帝運動が盛んとなると改訂もしくは廃棄が主張され、28年(昭和3)7月19日中国政府は廃棄を通告、日本は条約改訂を応諾し、30年5月6日関税協定に調印し、中国は関税自主権を回復した。[藤村道生]
『藤村道生著『日清戦争』(岩波新書)』

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世界大百科事典内の日清通商航海条約の言及

【上海】より

…当初のイギリス租界,フランス租界は,おのおの0.56km2,0.66km2にすぎなかったが,最も拡大したときにはおのおの22.60km2,10.22km2に達した。日本も1896年の日清通商航海条約で,上海をはじめ中国各地に租界設定の権利を得,天津や漢口には実現させたが,上海では共同租界の拡張の中に含められ,独立した日本租界は実現しなかった。しかし呉淞江北岸(虹口(ホンキユウ))を中心に居住がすすむと,日本人は上海で最も多い外国人となった。…

【法制史】より

…その反面,大日本大朝鮮両国盟約(1894締結。のち1910年に日韓併合条約),日清通商航海条約(1896締結)により,日本は中国と朝鮮に不平等を強いた。(3)第3期は近代的法体制の確立期であり,1899年の法典の全面実施と改正条約の発効に始まり,1918年の米騒動に至る。…

※「日清通商航海条約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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