日本歴史地名大系 「早瀬浦」の解説
早瀬浦
はやせうら
[現在地名]美浜町早瀬・笹田
東は若狭湾、南は
俸加分」とある。天正一二年(一五八四)八月一八日付の木村左衛門尉判物(早瀬区有文書)に「くるミ浦海山共ニ早瀬江申付候」と記され、常神半島中央東側のくるミ浦地域の知行を許されていた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
東は若狭湾、南は
俸加分」とある。天正一二年(一五八四)八月一八日付の木村左衛門尉判物(早瀬区有文書)に「くるミ浦海山共ニ早瀬江申付候」と記され、常神半島中央東側のくるミ浦地域の知行を許されていた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新