日本歴史地名大系 「昌伝庵」の解説 昌伝庵しようでんあん 宮城県:仙台市仙台城下荒町昌伝庵[現在地名]仙台市荒町奕葉山と号し、松音(しようおん)寺・泰心(たいしん)院・輪王(りんのう)寺とともに仙台城下での曹洞宗四ヵ僧録司の一つとされていた。釈迦如来像を本尊とする。伊達家一三代尚宗の三男久松丸の供養のため、永正一三年(一五一六)米沢に創建され、のち一七代政宗に従い岩出山(いわでやま)(現玉造郡岩出山町)・仙台と移り、荒(あら)町に伽藍を建立。着座格に列し二貫七〇〇文の寺領を与えられている(延宝八年「寺社領寄付牒」仙台市博物館蔵)。 昌伝庵しようでんあん 山形県:米沢市米沢城下東町昌伝庵[現在地名]米沢市本町三丁目耕福山と号し、曹洞宗。本尊釈迦如来。永正五年(一五〇八)伊達尚宗が六歳で没した三男久松丸の菩提を弔うため、越前の僧喜山高悦を迎え開山として粡(あら)町に創建。天文八年(一五三九)伊達稙宗四男玄蕃丸(八歳)も当庵に葬られた。このとき稙宗は供養料として下名倉(しもなくら)(現福島市)内の地ほか七ヵ所・一五貫七〇〇文の地を寄進した(同年五月二九日「伊達稙宗寄進状案」伊達家文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by