映画館(読み)エイガカン

百科事典マイペディアの解説

映画館【えいがかん】

映画上映を専門とする映画常設館。最初期のものとしては,劇映画の開祖といわれる《大列車強盗》(1903年)を上映するために作られた,米国のニッケルオデオンがある。日本では東京浅草の電気館(1903年)が最初の本格的な映画館で,それまでは寄席などで巡回興行が行われていた。白幕に映写した初めは1897年大阪南地演舞場で,稲畑勝太郎が行った。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

大辞林 第三版の解説

えいがかん【映画館】

映画を上映して観客に見せる建物。映画劇場。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内の映画館の言及

【映画】より

…科学玩具としての〈映画〉,すなわち〈動く絵〉の原理を利用したいわゆる〈パラパラシャシン〉も活動写真の名で売り出されていたことがわかる。岩崎昶の回想によれば,1907‐08年ころ〈映画館〉などということばはまだもちろんなく,〈映画は`活動写真’,日常語としては`カツドウ’,それを常打ちで映すところは`常設館’,俗称`カツドウ小屋’だった〉という。活動写真は〈カツドウ〉の略語で親しまれ,映画説明者は活動弁士(そこから活弁ということばも生まれる),活動狂はカツキチと呼ばれ,また《活動之世界》《活動写真界》《活動俱楽部》といった映画雑誌も生まれ,映画人は活動屋と呼ばれた。…

【映画】より

…科学玩具としての〈映画〉,すなわち〈動く絵〉の原理を利用したいわゆる〈パラパラシャシン〉も活動写真の名で売り出されていたことがわかる。岩崎昶の回想によれば,1907‐08年ころ〈映画館〉などということばはまだもちろんなく,〈映画は`活動写真’,日常語としては`カツドウ’,それを常打ちで映すところは`常設館’,俗称`カツドウ小屋’だった〉という。活動写真は〈カツドウ〉の略語で親しまれ,映画説明者は活動弁士(そこから活弁ということばも生まれる),活動狂はカツキチと呼ばれ,また《活動之世界》《活動写真界》《活動俱楽部》といった映画雑誌も生まれ,映画人は活動屋と呼ばれた。…

【映画】より

…科学玩具としての〈映画〉,すなわち〈動く絵〉の原理を利用したいわゆる〈パラパラシャシン〉も活動写真の名で売り出されていたことがわかる。岩崎昶の回想によれば,1907‐08年ころ〈映画館〉などということばはまだもちろんなく,〈映画は`活動写真’,日常語としては`カツドウ’,それを常打ちで映すところは`常設館’,俗称`カツドウ小屋’だった〉という。活動写真は〈カツドウ〉の略語で親しまれ,映画説明者は活動弁士(そこから活弁ということばも生まれる),活動狂はカツキチと呼ばれ,また《活動之世界》《活動写真界》《活動俱楽部》といった映画雑誌も生まれ,映画人は活動屋と呼ばれた。…

【ニッケルオデオン】より

…アメリカの最初の映画館の名称で,ニッケル(5セント硬貨)1個で入れるオデオン(殿堂)の意。1905年11月にピッツバーグに初めてこの名の映画館が開設して大成功(収容人数は200人。…

【日本映画】より


[日本最初の劇映画《稲妻小僧》]
 同じ99年,柴田常吉は広目屋の依頼で,強盗が刑事に捕らえられるという内容の《稲妻強盗》を俳優を使って撮るとともに,9世市川団十郎と5世尾上菊五郎の歌舞伎《紅葉狩》を歌舞伎座の依頼で撮影し,前者は日本最初の劇映画とされ,後者は現存する最古の日本映画となった。映画興行はこのころより盛んになり,初めは寄席や見世物小屋で行われたが,早くも1897年には浅草六区に,バラック建ての小屋ながら日本シネマトグラフ館という映画館がつくられ,やがて1903年,同じ浅草六区の電気館が最初の本格的映画館となった。
[風景と戦争]
 上映される作品は風景映画とでもいえるものがまず多く,内外の風景を実写しただけの映画を見ることが,〈動く写真〉によるいながらの観光として人気を呼んだ。…

※「映画館」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

チェブラーシカ

エドゥアールト・ウスペンスキーによるロシアの児童書「わにのゲーナ」(1967年発表)、また同作品を原作とする、人形アニメーション映画「チェブラーシカ」(1969~83年、ロマン・カチャーノフ監督)から...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

映画館の関連情報