日本大百科全書(ニッポニカ) 「有機ケイ素化合物」の意味・わかりやすい解説
有機ケイ素化合物
ゆうきけいそかごうぶつ
organosilicon compound
有機化合物の炭素原子1個以上をケイ素原子で置換した化合物の総称で、オルガノシランともいう。飽和炭化水素に相当するケイ素化合物はシランとよばれる。炭素とケイ素は同族元素であるが、炭素骨格からなる有機化合物は数多く天然に存在するのに対して、有機ケイ素化合物は天然にはまったく存在しない。地殻中に約28%含まれるケイ素はほとんど酸化物またはケイ酸塩などの無機物として存在している。炭素化合物に相当するハロゲン誘導体、アルコール、エーテル、アミン、カルボン酸誘導体、ケイ素を含む二重結合などが合成されており、有機ケイ素のイオンやラジカルなどの活性化学種も存在が確かめられている。ケイ素原子は炭素原子より酸素やハロゲン原子に対して親和性は大きいが、陽性であり(電気陰性度Si=l.64、C=2.35)、共有結合半径が大きく(Si=0.117nm、C=0.077nm)、また空のd軌道を有しているため配位数を増すことができ反応性に富んでいる。4配位ケイ素化合物は炭素化合物と同じく四面体構造をとっている。
[西山幸三郎]
合成法
珪石(けいせき)SiO2を電気炉中で炭素還元して得られる金属ケイ素と金属触媒(Cu、Ni、Sn、Sbなど)の粉末混合物または合金粉末に高温で塩化水素、塩化メチル、クロロベンゼンなどを反応させると、水素やメチル基、フェニル基の導入されたクロロシラン類が生成する。これは直接法とよばれる合成法である。その他の種々の有機ケイ素化合物は、クロロシランと他の有機金属化合物との反応や、ケイ素‐水素結合をもつ化合物と炭化水素との反応で、置換反応や付加反応によって得ることができる。
一般にシリコーンとよばれている有機ケイ素化合物の高分子化合物は、クロロシランやシラノールi‐OHの重合で得られるポリシロキサンである。
[西山幸三郎]
命名法
ケイ素原子を骨格とする化合物はシランと命名され、ケイ素の数の数詞を前につけてよぶ。この場合、水素が他の基で置換されている場合はそれを置換基として命名する。環式化合物も同様に命名する。シランのケイ素原子間に酸素や窒素を含んだ化合物はシロキサン、シラザンと命名し、数はシランと同様に数詞で表す。
ケイ素を含む基を置換基として命名する場合はシリルとする。
骨格中のケイ素を炭素とみなして対応する有機化合物の名称にシラ(sila)をつけて命名する方法もある。たとえばシラベンゼンなどである。
[西山幸三郎]
性質
炭素化合物の同族体と考えた場合は反応性に富んでいる。メタンCH4は空気と混合するだけでは安定で変化しないし、四塩化炭素CCl4は安定な液体である。一方、シランSiH4は空気に触れるとただちに発火するし、四塩化ケイ素SiCl4は水と容易に反応する。また、ケイ素‐ケイ素、ケイ素‐炭素結合は、炭素‐炭素結合に比べてイオン反応や光化学反応をおこしやすい。ヘテロ原子(炭素以外の原子)に対する親和力が大きいが反応性に富むという性質の応用は「シリル化」として知られている。アルコール、カルボン酸、アミンなどはシリル化されると溶解度、耐熱性、揮発性などが増し、取扱いや分析が容易になる。
[西山幸三郎]
用途
前述のような性質を利用して有機合成化学の試薬として有用である。また、医薬品や農薬品のシリル化したものはシラファルマカとして知られている。シリコーンはオイル、ゴム、樹脂、エマルジョンの状態があり、たとえば、必要に応じて美容整形などの医療用、シリコーングリースやシリコーンオイルなどの工業用、シリコーンゴムや防水剤などの日常品として利用されている。
[西山幸三郎]
『大河原六郎著『有機ケイ素化合物』(1956・岩波書店)』▽『熊田誠・大河原六郎編『有機ケイ素化学』(1959・槙書店)』▽『熊田誠ほか著『有機・ケイ素化合物の化学』(1972・化学同人)』▽『櫻井英樹監修『有機ケイ素材料科学の新展開』(2001・シーエムシー)』