日本歴史地名大系 「木倉村」の解説 木倉村きのくらむら 岡山県:和気郡和気町木倉村[現在地名]和気町木倉日笠上(ひかさかみ)村の西、標高二〇〇メートル内外の山地上にある。西は天神(てんじん)山(四〇九・二メートル)で、急斜面を下ると天瀬(あませ)村(現佐伯町)。慶長一八年(一六一三)の和気郡御勘定帳に日笠内として村名がみえ、物成二二〇石余、夫米一三石余。寛永備前国絵図によれば高四四五石余。正保郷帳に枝村として市倉(いちくら)村が記され、「備前記」には同村のほか助安(すけやす)村が載る。「備陽記」によると田畑三七町六反余、家数一〇〇・人数五六六。文化年間の「岡山藩領手鑑」では直高六一二石余、うち五八〇石が家臣七名の給地、残り三二石余が蔵入。 木倉村こくらむら 岐阜県:本巣郡本巣町木倉村[現在地名]本巣町外山(とやま)、岐阜市外山河内(かわち)村の北に位置し、根尾(ねお)山系の山々に囲まれた山間に立地。集落は山峡の谷間にある。「新撰美濃志」には伊洞村を当村の枝村とする。関ヶ原の合戦後の領主の変遷は山口(やまぐち)村と同じ。慶長郷帳に村名がみえ、高九四石余。正保郷帳では田三一石余・畑六三石余、小物成は山年貢米八石五斗・紙舟役銀一七匁。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by