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崇伝 すうでん

7件 の用語解説(崇伝の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

崇伝

江戸金地院の開祖。徳川家康の敬愛を受けて諸寺を管理し、公武諸法度をなす。寛永10年(1633)歿、65才。

出典|(株)思文閣
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デジタル大辞泉の解説

すうでん【崇伝】

[1569~1633]江戸初期の臨済宗の僧。字(あざな)は以心。徳川家康に招かれて駿府(すんぷ)に金地院(こんちいん)を建て、政治外交に深くかかわり黒衣の宰相と称された。諡号は円照本光国師。著「本光国師日記」など。金地院崇伝

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百科事典マイペディアの解説

崇伝【すうでん】

以心崇伝(いしんすうでん)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

崇伝 すうでん

以心崇伝(いしん-すうでん)

出典|講談社
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大辞林 第三版の解説

すうでん【崇伝】

1569~1633) 江戸初期の臨済宗の僧。字あざなは以心。勅号は円照本光国師。一色秀勝の子。南禅寺の玄圃に師事し、のち同寺住持として金地院に住した。徳川家康以下三代の将軍の信任を得て僧録司となり、宗教行政・外交に従事、諸法度の制定にも参画した。著「異国日記」「本光国師日記」など。金地院崇伝。

出典|三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

崇伝
すうでん

[生]永禄12(1569).京都
[没]寛永10(1633).1.20. 江戸
江戸時代初期の臨済宗の僧。字は以心。生前の諡号を円照本光国師という。一色秀勝の子。南禅寺の玄圃に師事し,のち鎌倉禅興寺,金地院 (こんちいん) ,建長寺などに住んで,豊臣秀吉の朝鮮出兵の際は名護屋で外交にあたった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

崇伝
すうでん

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の崇伝の言及

【金地院】より

…京都市左京区にある臨済宗南禅寺の塔頭(たつちゆう)。徳川家康の側近として幕府の政治の枢機に列した黒衣(こくえ)の宰相,以心崇伝が住んだ寺である。当寺は,古く室町時代,南禅寺の住持だった大業徳基によって洛北の鷹峯に開創されたというが,そののち衰微し,崇伝が南禅寺の住持となった1605年(慶長10)ごろに,崇伝によって現地に移され復興した。…

【本光国師日記】より

…臨済僧以心崇伝(いしんすうでん)(本光国師)の日記。47冊。…

※「崇伝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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