昭和初期の大東京市を代表する新民謡。民謡調の流行歌ともいえる。発展を続ける昭和初期の東京を唄(うた)で描いて大ヒットした。その背景には1929年(昭和4)の世界経済の大パニックや、中国大陸へ広がる戦火などがあり、庶民は重苦しい気分を転換させたがっていた。そうしたことをくみ取って、西条八十(やそ)が作詞し中山晋平(しんぺい)が作曲し、初めは『丸の内音頭』の名でレコードに吹き込まれた。のちに中山晋平が九州へ旅行した際に聞いた『鹿児島小原良(おわら)節』にヒントを得て、33年三島一声、勝太郎の組合せで新しく『東京音頭』として吹き込まれ、これが東京ばかりでなく、全国的に大流行した。
[斎藤 明]
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...