東竜太郎(読み)あずまりょうたろう

百科事典マイペディアの解説

東竜太郎【あずまりょうたろう】

医学・体育学者,東京都知事。大阪市出身。東京帝国大学医学部時代はボート選手として活躍。1917年ロンドン大学に留学,体育生理学を専攻。1946年厚生省医務局長に就任(東大教授兼任),1947年からは日本体育協会会長兼JOC(日本オリンピック委員会)委員長を務める。1950年のIOC国際オリンピック委員会)総会でIOC委員に選任され,オリンピックの東京招致に奔走,この間の1959年4月東京都知事に当選(2期8年),同年5月のIOC総会で1964年の第18回オリンピック東京開催が決定。1968年IOC委員を勇退(終身名誉委員),その後も全日本スキー連盟会長ほかを歴任,スポーツの振興に尽力。1975年オリンピック功労賞銀賞受賞。→東京オリンピック

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

東竜太郎 あずま-りょうたろう

1893-1983 大正-昭和時代の医学者,政治家。
明治26年1月16日生まれ。ロンドン大に留学し体育生理学をまなぶ。昭和9年母校東京帝大の教授,戦後は厚生省医務局長。日本のスポーツ医学草分けで,日本体育協会会長,IOC委員をつとめた。34年東京都知事となり,オリンピックの東京開催につくした。昭和58年5月26日死去。90歳。大阪出身。

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世界大百科事典 第2版の解説

あずまりょうたろう【東竜太郎】

1893‐1983(明治26‐昭和58)
医学者。大阪市に生まれ,東京帝国大学医学部時代にはボート選手として活躍。1917年ロンドン大学に留学,A.V.ヒル教授研究室で体育生理学を専攻し,帰国後日本にスポーツ医学の新分野を開く。東大教授を経て46年厚生省医務局長,47年日本体育協会の会長に就任,スポーツの国際復帰に努め,50年IOC(国際オリンピック委員会)総会で日本から戦後初めてのIOC委員に選任され,オリンピックの東京招致に尽力した。59年東京都知事に当選,その年IOC総会は,64年の第18回オリンピック東京開催を決定。

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