日本歴史地名大系 「柳沢町」の解説 柳沢町やなざわまち 宮崎県:延岡市延岡城下柳沢町[現在地名]延岡市柳沢町延岡城下の南東、大瀬(おおせ)川北岸沿いの東西道に沿う両側町。「やんざまち」と通称。明暦元年(一六五五)に岡富(おかとみ)村のうちを町割して形成された(延陵世鑑)。延岡城下七町のうち最後に成立。行列などの順位も七町のうち最後であった。有馬家中延岡城下屋敷付絵図(明治大学刑事博物館蔵)によると、延岡城日向口の南を起点に南(みなみ)町から南下する道とを結ぶ東西道沿いの町で、東と南の大瀬川との間は岡富村畑地。日向口を隔てて北西は武家屋敷町の桜(さくら)小路に接する。正徳三年(一七一三)の御城并町在所々覚書(内藤家文書)によれば、町の長さ東西一四〇間・道幅三間、柳沢町から南町まで南北の長さ四〇間・道幅二間半。延享四年(一七四七)の竈改帳(同文書)によれば、町役人は別当一名・乙名二名・小触一名で、一〇組に編成されている。別当の吉田嘉次郎屋敷が最も大きく間口一〇間半・奥行二〇間、別に間口二間・奥行二〇間の家を所持している。商家は全国各地から集まっていたようで、豊後屋・阿波屋・大坂屋・吉野屋・広島屋・佐伯屋・薩摩屋・播磨屋を屋号とする家、また近在からとみられる飫肥屋・穂北屋などや職種を示す菓子屋・大福屋・木屋・万屋・かせ屋・木地屋・紺屋・織屋などもある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by