梅ヶ枝町(読み)うめがえちよう

日本歴史地名大系 「梅ヶ枝町」の解説

梅ヶ枝町
うめがえちよう

[現在地名]函館市弥生町(やよいちよう)

明治五年(一八七二)二月に一町として公認された町で(同年「御達留」市立函館図書館蔵、「事業報告」第一編)、近世には山ノ上(やまのうえ)町の小名であったと考えられる(「蝦夷日誌」一編)。実行(じつぎよう)寺・称名(しようみよう)寺の裏手にあたり、七面(しちめん)坂の通り(現在の弥生坂の通り)に沿う。この七面坂の通りを南西方向に進むと、天神(てんじん)町を境に芝居(しばい)町に続いていた(明治六年函館旧市街図)。


梅ヶ枝町
うめがえちよう

[現在地名]根室市梅ヶ枝町・花咲町(はなさきちよう)・松ヶ枝町(まつがえちよう)・鳴海町(なるみちよう)

明治八年(一八七五)から同三三年までの根室郡の町。明治八年一〇月本(ほん)町などとともに根室村内に最初の三町として成立。本町の南側の東西道に沿う両側町(「事業報告」第一編)。東西道を梅ヶ枝町通と称した。同九年の大小区画沿革表に「梅ヶ枝(むめがえ)町」とある。同九年までに一―六丁目が設けられたと思われる。同一七年根室梅ヶ枝町一―六丁目と改称(市町村改称字名並ニ旧字名調)。梅ヶ枝町一丁目には明治八年までネモロ場所を請負っていた藤野家の番屋があったが、その後跡地付近に根室郵便局、明治一一年警察署、同三〇年郡役所(税務署併置)が設置され、同年一一月根室支庁となった(根室要覧)。


梅ヶ枝町
うめがえちよう

[現在地名]金沢市菊川(きくがわ)一―二丁目・城南(じようなん)二丁目

松本(まつもと)町の南西に並行し、南西は菊川町に並行、西は犀川縁に臨み東は角場川岸(かくばかわぎし)に至る。むめがえ町・うめのえ町ともいう。文政六年(一八二三)川上新(かわかみしん)町から分立した地子町(町奉行より出候町名)。江戸時代末の「増補改正六用集」に「川上梅枝町」とある。


梅ヶ枝町
うめがえちよう

[現在地名]小樽市梅ヶ枝町・豊川町(とよかわちよう)

大正四年(一九一五)の小樽区の町名改正に伴い手宮裏(てみやうら)町より分立、梅ヶ枝町が成立。清水(しみず)町の東にある。小樽港に近い手宮地区では公娼地帯を新設することを決定、明治四〇年(一九〇七)遊廓を公布、天狗(てんぐ)山麓の南廓に対して北廓と通称された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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